今では場所が移動してしまったが、二十数年前にミラノの大聖堂ドゥオーモ近くのアーケードにACミランのオフィシャルショップ、ミラン・ポイントがあった。訪れたのは、ちょうどクリスマスが迫っていた時期で、街角の飾りつけがとても華やいだものだったと記憶している。

当時世界最強を誇ったクラブのショップは、クラブカラーの赤と黒を基調にしたディスプレーが施され、キラキラと輝いて見えた。海外サッカーに飢えていた、当時の日本人の購買意欲をそそるには十分すぎるほどだった。

ファッションの街ミラノにふさわしいおしゃれな店。しかし、次の日の午前中に再び行ってみると、ひどいことになっていた。あれほど美しかったショーウインドーが、曇って店内が見えないほどに汚れているのだ。ガラスを掃除している店員の女性に訳を尋ねると、こういう言葉が返ってきた。

「夜の間にインテルのティフォージ(熱にうかされた者の意=サポーター)が唾を吐きかけていったのよ。ダービーが近づくとひどくなるのよ。困ったもんだわ」

同じ町や地域のライバル同士が対戦する特別な一戦。本場のダービーに初めて触れたのは、1990年。地元イタリアでのワールドカップ(W杯)が終わったばかりのミラノ・ダービーだった。

サンシーロ地区にある巨大スタジアム、ジュゼッペ・メアッツァで行われた試合は、当時としては世界最高のカードだった。1995年のボスマン判決が下される前、外国籍選手の枠がまだ3人だった時代。ミランにはオランダのスーパースタートリオ、フリット、ファンバステン、ライカールトがいた。一方のインテルにはW杯を制したばかりの当時の西ドイツ代表、マテウス、クリンスマン、ブレーメが在籍。試合内容はあまり印象に残ってはいないが、クリンスマンのゴールでアウェーのインテルが1―0で勝利を収めた。記憶に強く残ったのは、今まで体験したことのない、ダービー特有の迫力に満ちたスタジアムの雰囲気だった。

あれほどの張りつめた空気感は、長い歴史があってこそ生み出されるのだろう。その意味で日本には、真のダービーはまだ育っていないのかもしれない。それでも先日、二十年以上前に目にしたあの雰囲気に近い光景を目にした。

10月5日の埼玉スタジアム。試合前の雰囲気は、Jリーグ開幕前のサッカーファンが目の当たりにしたら、間違いなく感動しただろう。スタンドを赤と白、そして黒で整然と色分けした浦和レッズならではの統制の取れた演出。まるでミランを思い起こさせる色彩の中に、大宮アルディージャのオレンジが浮かぶ。そして、友人が教えてくれたのが浦和のゴール裏に出現した赤・白・黒の巨大な横断幕の意味。「あれは特別な試合の時にしか出さない」という。

浦和にとっての特別な試合。それは「さいたまダービー」であるのはもちろんだ。加えて優勝を狙うために、リーグでは2010年10月以来勝利を収めていない、このダービーに絶対に勝つという意気込みが表れていたのだろう。

クラブの規模で言えば大宮を圧倒する浦和。ところが、2010年代に入り、リーグでは大宮に対し1勝2分け3敗と分が悪い。現在在籍する選手で、試合前の時点で大宮から得点を挙げたことのあるのは2得点の原口元気と1得点の柏木陽介だけ。はたから見ている以上に、浦和は大宮に対し苦手意識を持っていたようだ。

一方の大宮から見ると、浦和ほど倒しがいのある相手はいない。今シーズン、21まで伸ばしたJ1不敗記録。それまで鹿島アントラーズが持っていた17試合を塗り替えた始まりが2012年9月1日の第24節浦和戦であり、新記録の18試合を達成したのも今年の4月20日の第7節に行われた同じく浦和戦。同じ地域に暮らすサポーターとしては、このビッグクラブを倒すことで、精神的優越感を覚えるのは間違いないことだろう。

霧雨のなか試合前から盛り上がった一戦は、予想外の入り方をした。開始11分に抜け出した興梠慎三を大宮のニールが後方から押し倒してPKを与えた上の一発退場。阿部勇樹にPKを決められ、大宮は残り80分あまりを10人で戦う羽目になった。

一方的な内容になるか。ところがそうはいかなかった。パスをつなぐことにこだわる浦和は空いたスペースを使う意識が低く、数的優位を生かせない。ズラタン、ノバコビッチの強力2トップを擁する大宮にも、チャンスは大いにあった。

ところが大宮の密集守備のど真ん中に、やみくもに突っ込んでいた浦和に追加点が生まれたのは、まったく違う攻め方によってだった。後半27分、柏木のポッカリと空いた左サイドへのロングフィードから宇賀神友弥がダイレクトでゴール前に。原口がこれを直接たたき込んで、試合の行方を決めた。

結局、終わってみれば浦和が4―0の大勝。そのキーマンとなったのは、疑いなく2点目につながるピンポイントのクロスを送った宇賀神だった。その宇賀神は「僕のパスよりも、陽介(柏木)のパスが絶妙だったから出せた」と謙遜するが「ダービーでの完勝だったので、普通の試合の勝利よりもうれしい」と感想を語った。

誰に聞いても「ダービーが」という言葉が繰り返されるこの日の試合後。自分が思ったより、日本にもダービーという意識が根付いてきているのか。この日の選手たちの話を聞いていると、素直にそう思った。

そういえば、インテルのサポータークラブの会長がこういうこと言っていた。

「その時点でのリーグの順位なんて関係ない。ダービーに勝ちさえすれば、半年はミランに対して精神的に優位な立場にいられるんだ。それだけ特別な一戦っていうことだよ」

J3も立ち上げられ、日本全国にクラブが生まれている。その地域・地域で、いずれこのようなスペシャルな対戦が組まれる。そういう時代が来たら、日本でも「サッカーは文化だよ」と胸を張って言えるのだろう。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている