プロ野球のコミッショナーは審判員と同じで普段は目立たないが、もめ事があると、途端に注目を集めるのは昔も今も変わらない。だから、下田武三コミッショナー(故人)と言っても、野球関係者以外で知っている人は少ないだろう。

下田氏は、今回の「飛ぶボール問題」で10月末での辞任を表明した加藤良三コミッショナーの外務省時代の大先輩であり仲人まで務めた人物。日本の戦後史にも登場する大物外交官で、第7代コミッショナーを務めた。

その下田氏が就任2年目の1980年、三十数年前に起こった「飛びすぎるボール」の問題解決に乗り出し、現在も使われているプロ野球使用球の科学的な「反発係数」を取り入れた際にリーダーシップを発揮した人物だった。

▽よく飛んだミズノ製ボール

当時、プロ野球が使うボールのメーカーはイソノ、久保田、那須など7社あり、ミズノ(美津濃)製が高反発ボールでシェアを拡大していた。使用球選択は球団に任されていたが、近鉄球団が自軍の攻撃時に連盟の「公認印」のないボールを使用したのが発覚して大問題となった。ミズノ製のボールだった。

下田コミッショナーが事務局内の「野球規則委員会」に指示して調査したところ、ミズノ製は他6社のボールに比べて推定飛距離で11~16メートル飛ぶことが分かり、他社にそろえるよう是正勧告が行われた。

人間は過去に学べる唯一の動物とか言ったりするが、加藤コミッショナーや同事務局が過去に学ぼうとしなかったのか、あるいは学んだとしてもそれを生かすことができない体質がプロ野球界にあったという見方もある。

今回のボール問題を調査した第三者委員会(那須弘平委員長)は、9月27日に出した最終報告書で(1)13年シーズンから「飛ぶボールに変更したのはコミッショナー事務局長らごく一部の人間がかかわった(2)「変更を知らなかった」と主張する加藤コミッショナーの責任は免れない(3)NPBが日本野球機構と日本プロフェショナル野球組織という二つの組織が複雑に絡み合っていて、誰が真の責任者か判然としないことが問題を起こしたとして、コミッショナーの権限強化が再発防止につながる―などと述べている。

▽使用球の本質は攻守のバランス問題

飛ぶボールへの変更を一部の者しか知らなかったというのは本当だろう。使用球の問題は一に野球ルールの問題であるべきだ。2011年から「統一球」を導入した前も後も、それを監視・監督する「野球規則委員」に一切かかわらせなかった。まず、ここに問題がある。組織的に、また複数の人間を関与させることは透明性の確保から言っても当然のことだろう。

先の下田コミッショナー時代に、ボール問題で1980年6月に野球規則委員会から出された「使用球の新しい反発規格設定に関する答申」の中で興味を引かれたのが、ボールに関する大リーグの考えが付記されていたことだ。要約すると、大リーグの使用球は現在に至るまで1社に限られているが「メジャーが使うボールの必要条件は両リーグの会長が製造業者とともに作り上げたもので、1928年以来変わっていない。攻守のバランスを保つのに完全に適合するボールを製造するよう互いに決められている」となっている。要は業者任せにするのではなく、プロ野球側も責任を持って製造にもかかわると言っているのだ。日本はどうだったのだろうか。聞くところによると、現在の統一球の細部、つまり皮の品質や糸の高さなどは業者任せになっているそうだ。まさか、丸投げしているとは思わないが。

▽金も口も出す12球団

第三者委員会の最終報告書は、NPBの組織上の問題を指摘している。これを見て、多くのファンは「金も口も出す球団」のことを思い浮かべたと思う。もちろん、グラウンド内外のことで各球団が要望したりするのは当然であるが、今回のボール問題はそもそも飛ばなさすぎる統一球を「なんとかしてくれ」と大方の球団が言い出したことが発端だった。

10年までの「打者のこすったような当たりが本塁打になっていた」ことも低反発球に変えた要因。そして11年からは途端に飛ばなくなってしまった。極端に言えば、飛ぼうが飛ぶまいが、要するに「攻撃と守備のバランス」が大きく崩れるから問題になるのである。

そこにコミッショナーなりの確固たる野球への信念があればいいのだが、下田氏の後の歴代コミッショナーにはそこが欠けているのである。「ファンの信頼に応えるプロ野球」といった目線に立った次期コミッショナーを選んでもらいたいものである。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆