スポーツには選手の「格」が確かに存在する。そう思い知らされた一戦だった。

7月に韓国で開催された東アジアカップで韓国に敗れ、大会3連覇を逃したなでしこジャパン。昨年のロンドン五輪での銀メダル獲得以降、一時のパワーが感じられなかったチームだが、9月22日に長崎で行われたナイジェリア戦で、久々に勢いを感じる試合を見ることができた。

震災で傷ついた日本人の心に勇気を与えた感動的な2011年ドイツ・ワールドカップ(W杯)での優勝。それがフロックではなかったことを証明したロンドン五輪での準優勝。ほぼ固定されたメンバーで二大大会を戦い抜いたなでしこの最大の懸念は「ロンドン後」だった。

スポーツの世界ではよくあることだが、偉大なチームが戦闘力を落とさずに若返りを図ることはかなり難しい作業だ。世代交代がうまくいかず、没落したチームも数多く知っている。ロンドン五輪後のなでしこの試合を見ていても、新旧の融合は簡単ではないのだなという感想を持っていた。

昨年、日本で開催されたU―20女子W杯。3位になったヤングなでしこの選手たちは、技術的には驚くほどの高いレベルにあると思えた。そんな中で佐々木則夫監督は、若手のなでしこ昇格に対し積極的とはいえなかったのではないだろうか。ところが長崎でのナイジェリア戦で、納得がいった。「若手はこのような状況下でチームになじませていくのだ」という監督の哲学が見えたような気がした。

「若手は、なるべくプレッシャーを感じない状況で経験を積ませていかなければならない」

Jリーグに限らず、多くの監督が才能ある若手を起用するときに口にする言葉だ。だから若手をデビューさせるにはホームゲーム、しかもリードした状況での交代出場が圧倒的に多くなる。

確かに今回の「長崎組」、そして26日の「千葉組」に招集された2チーム分、41人のメンバーは日本代表として呼ばれたのだから、技術的には高いレベルにあることは疑いない。ただ日の丸をつけて国際試合を戦う場合、技術だけではなく、ハートの強さも含めたすべての要素を持ち合わせなければいけないというのがよく分かった。その総合力としての「格」を備えたプレーを見せつけてくれたのが、ドイツW杯、ロンドン五輪の修羅場を勝ち抜いてきた「お姉さん」たちだった。

男子がいまだのぞいたことさえない世界の頂点を知る、なでしこのお姉さんたちは、ある意味ですごみさえ感じさせる。中でも、日本サッカー界では男子には存在しない、複数のワールドクラスの存在が、若い編成のチームに落ち着きをもたらした。

サッカーを知り尽くした澤穂希、宮間あやの2ボランチは、「サッカーの試合はこのようにコントロールするんだ」とばかりの芸術的な攻守の組み立てを披露してくれた。

昨年のドイツ1部リーグで得点王に輝き、選手としてのランクをさらに上げた感のある大儀見優季。そして川澄奈穂美の、ゴール前での冷徹なまでの落ち着きとシュートに持っていくまでの技術の高さ。前半36分と後半8分の日本が挙げた2ゴールに「うまい」とため息を漏らした人は多いだろう。

さらに、絶妙なタイミングでオーバーラップした近賀ゆかり。なでしこのサッカーはサイドバックが攻め上がることで成り立つことを証明した。ロンドン五輪後、故障のために代表から外れていた彼女が戻ってきたことで、チームは高い次元の攻撃力を取り戻した。

後半23分、守備面でもファインプレーが見られた。抜け出したサンデーとの1対1をシュートブロックした、GK海堀あゆみのビッグセーブ。その価値は大儀見、川澄のゴールにも匹敵するものだった。特にセンターバックは、この日がともに代表初キャップとなった北原佳奈と17歳の三宅史織のコンビ。無失点こそがなによりの自信になることは明らかで、海堀の冷静な判断で得点を奪われなかったことが、2人のその後の積極的なプレーを継続する要因となったのだろう。

ドイツW杯で、女子サッカーの新しい潮流を示したなでしこジャパン。驚きをもって見られたボールの走るサッカーが久しぶりに戻ってきた。確かにナイジェリアの中盤のプレッシャーが弱いという事実はあった。得点を奪われていてもおかしくはない場面もあった。ただ、相手ゴールに直接迫る縦パスが、次々と通るサッカーには未来を感じさせる。

そして、そのサッカーを可能にしたのは良い意味でのすごみのあるお姉さんたちの存在だ。

「責任は自分たちが取るから、自分たちのプレーを思い切りやればいい」

そう言ってくれる存在がチームにいれば、確実に若手は伸びる。頼もしいことに、現在の日本にはそのような選手がたくさんいる。これも世界の頂点を極めた国だけの持つ特別な遺産だ。

一時期、足踏みをしているのではと思われた、なでしこジャパン。日本が世界に誇るたくましき女性たちが、再び前進を始めたようだ。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている