陸上の世界選手権で目玉選手は男子100メートルで4月に10秒01をマークした桐生祥秀(京都・洛南高)だった。9秒台突入が期待されて注目を浴びる17歳の新星は高校生でただ一人、日本代表に選出された。

初めて日の丸をつける世界大会で当初、右も左も分からない桐生のストレスを和らげたのは100メートルのライバル山県亮太(慶大)だった。ロンドン五輪準決勝を経験した21歳の先輩は、モスクワの選手宿舎で同部屋になった。山県は「緊張を抜いてやらないと」と自身の体験談を話し、周りの選手を桐生に紹介した。

山県は10日の100メートル予選で左太もも裏を痛め、14日に途中帰国。「急に一人部屋になったんです」という桐生を他のメンバーが孤立から守った。毎日の夕食後、がらんとした部屋は飯塚翔太(中大)ら男子短距離チームの選手のたまり場になったという。離脱した山県が全選手に置き手紙を書き残したエピソードからも察知できるように、チームワークはよかった。個人種目ではもうひとつだったが、最終日の400メートルリレーで息のあったバトンパスで予選を突破し、6位入賞。打ち上げをしたモスクワの焼肉店では、他の誰よりもよく食べる笑顔の桐生の姿があったという。飯塚は「桐生もどんどん話しかけてくれたのでよかった。本当に仲がよかったチーム」と誇らしげに振り返った。

ヘルシンキの2005年大会には対照的な高校生の姿があった。当時、大阪高3年で代表に選ばれた男子1600メートルリレーの金丸祐三(大塚製薬)は初めての海外遠征だった。「知っている人が誰もいないから」と部屋に閉じこもってばかりで、いい思い出がなく帰国したという。「そんな思いはさせてはいけない。チームに溶け込ませてあげるのも経験者の仕事」という先輩の気持ちが伝わった。400メートルリレーで第1走者を務めた桐生は「思ったより緊張しなかった。先輩はみんなよくしてくれた」と感謝の言葉を口にした。

マラソンでは女子の福士加代子が銅メダルを獲得し、男子でも中本健太郎が5位入賞と健闘した。日本では10日と17日の土曜日夜に生中継され、瞬間最高視聴率は関東地区でともに25%を突破。放送したテレビ局にとっては「めでたしめでたし」という結果に終わったが、現地では過酷なサバイバルレースが展開された。

スタート時間は女子が現地の午後2時、男子が同3時30分。女子は気温30度近い中で行われ、スタート時の湿度は66%だった。朝晩は涼しいモスクワとはいえ、昼は日差しがきつかった。スタートラインに立った70人のうち、野口みずき(シスメックス)ら23人が途中棄権した。アスファルトに倒れ、けいれんした選手もいた。

競技時間は日本の放送局の意向をくんで決められた、と閉幕日の記者会見で大会主催者が明言した。猛烈にハードな練習の結果、世界選手権への切符を勝ち取り、意気揚々とモスクワへ乗り込んだ選手は過酷な環境に何を思って走り、棄権し、帰国したのか。彼女たちの練習過程を考えると胸が痛くなる。

条件は皆一緒で、どんな環境でも走らないといけないのは承知するが、主催者は選手第一の視点で、よりよい環境を提供すべきではないか。テレビ局にとっては大金を投入するビジネスかもしれないが、選手が主役であることは忘れないでほしい。

三木 智隆(みき・ともたか)1978年生まれ。奈良県北葛城郡出身。スポーツ紙での7年間の勤務を経て2009年に共同通信へ。ゴルフを2年間担当し、現在は陸上競技を中心に取材。