宿敵・韓国を2―1と敵地で下しての東アジア・カップ初制覇。Jリーグ開幕以降は韓国コンプレックスを持つ人は大幅に減っただろうが、一方的に圧倒された時代を知るわれわれの年代は、韓国戦での勝利は特別な感慨がある。

それにしても蚕室(チャムシル)にある五輪スタジアムは日本代表との相性がいい。こけら落としとなった1984年9月30日、それまでは韓国で行われた試合では一度も勝ったことがない日本が、木村和司、水沼貴史のゴールで初勝利を収めたのが、ここだった。フランス大会でのワールドカップ(W杯)初出場の夢をつなぐ1997年11月1日の日韓戦を2―0で制したのも同じ蚕室。日本はこのスタジアムに限っては3勝1敗と驚くほどの勝率を誇っている。

コンフェデレーションズカップでの惨敗を受けて、新しい人材発掘の場と位置づけられたこの大会。選手それぞれが自らの特徴を発揮しつつも、周囲を生かすことを求められたなかで、言葉は悪いが寄せ集めのチームは短期間にある程度の組織力を高めた。特に攻撃陣は各人の特徴を発揮し、3試合で8得点。柿谷曜一朗の3ゴール、大迫勇也が2ゴール、そして、1ゴールの工藤壮人、斎藤学はJリーグでの活躍ぶりを得点という結果で残した。

ただ彼らが、ザック・ジャパンのこれまでのメンバー序列を変える働きをしたかというと、必ずしもそうとは言い切れない。なぜなら参加した中国、韓国、オーストラリアの3カ国は、当初の予想以上にレベルの低いチームだった。コンフェデ組がこれまで戦ってきた相手のレベルと比較すると、優勝したからといって単純に同じ土俵に乗せて論じることは早急だろう。

「将来のことを考えると非常によかった。現時点で必要があれば来られるメンバーもあると思うし、他のメンバーに関しても(代表に)入って来られるメンバーがいる」

韓国戦後、ザッケローニ監督は日本人記者向けの囲み会見でこう語っていた。しかし、「現時点で来られるメンバー」というのは、それほど多くはないだろう。再招集されるのは、コンフェデ組の弱点を確実に補える特徴を持った選手のはずだ。

コンフェデ組の最大の弱点は守備であることは明らかだが、それを補える選手は見当たらなかった。さらに日本の最大のストロング・ポイントである本田圭佑、香川真司、岡崎慎司、清武弘嗣、乾貴士の2列目の序列が覆ったとは思えない。そうなると第2戦のオーストラリア戦で豊田陽平の後方でプレーした大迫、右サイドの工藤、左サイドの斎藤の次回招集は、海外組が帰ってくることを考えれば、すんなりとはいかないだろう。

可能性が高いのはワントップを務めた柿谷と豊田だろう。コンフェデでこのポジションに登録された前田遼一とハーフナー・マイクと比較すると、ザッケローニが信頼を置く前田の牙城は崩れないとしても、ハーフナーに代わって食い込んでくる可能性は十分ある。特にハーフナーと同じ高さを武器とする豊田は、ハーフナーにはない機動力を備えディフェンスラインの裏に抜ける動きもある。さらに粘り強いフィジカルは守備面でも発揮し、韓国がパワープレーを仕掛けた終盤にはその点が期待されて出場。後半ロスタイムには、「鳥栖と同じプレーをしただけ」と言うが、自陣ゴール前でのピンチを防ぐなど攻守に使える選手であることを証明した。

確かに出場した1試合と5分で豊田には得点こそ生まれなかった。しかし、フル出場した第2戦のオーストラリア戦後のザッケローニの言葉からは、彼に対する評価が感じられた。

「いろいろな面で良いプレーをしていた。今日の豊田には、ゴールだけが足りなかっただけだ」

「ゴールだけ」という一言をわざわざつけたということは、ゴールを取ると同等のプレーを見せたということだろう。

彼とはタイプが全く違うが、柿谷もワントップ候補として指揮官の構想に確実に組み込まれたのではないだろうか。本来、柿谷は攻撃のポジションならどこでもこなせる選手だ。それをあえてワントップのポジションに固定したのは、人員過剰の2列目ではこの天才児を使う意思がないということだろう。

こういうタイプの選手は、往々にしてボールを数多く触りたがるものだが、韓国戦のベンチを見ていてもザッケローニは柿谷に下がるなと言い続けていた。数少ないチャンスのなかで、2本のシュートで2得点。右足でも左足でもインサイドキックで正確にコースを狙い、ゴールマウスに送り込まれるシュートの正確性と落ち着きは、日本人選手のなかでは特異な存在。W杯で押し込まれる展開を考えたとき、数少ないチャンスを確実に決め切れる決定力は大きな武器となるはずだ。

とにもかくにも優勝という結果はめでたい。想像以上に蒸し暑かった敵地での、日程的にも過酷だった大会を制したメンバーは、素直に称賛されるべきだろう。ただ今回の東アジア・カップのメンバーなかで、来年のブラジル・ワールドカップ・メンバーの23人に食い込むのはそう簡単なことではない。だからこそ彼らには、残り1年弱を悔いのないように過ごしてほしい。

そして、今回の大会で多くの人が日本国内にも数多くの素晴らしいタレントがいることに気付いたはずだ。そんなあなた、Jリーグ、見に行きましょう。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている