スタジアムに足を運ぶと、視点は斜め上のものからとなる。そしてサッカーを観戦するときに、最もゲームの展開が見やすいのが全体を上から見渡す俯瞰だ。その条件で試合を追いかけていると、時に観客たちは選手に対し「なんであのスペースが空いているのにパスを出さないんだ」となる。

ところが一歩ピッチに降りてみると、案外空いたスペースは見つからない、いや見つけることができないものだ。おそらくそれはどんなに巧みな足技を持ったプロの選手であっても同じなのだろう。空間の認知能力は、見つけられる者と、見つけられない者に分けられる。だから観客は、スタンドの上から自らが見つけ出したスペースに迷いなく1本のパスを通す選手のプレーに、ゴールの瞬間と同等の喝采を送るのだろう。

かつて日本代表を率いたハンス・オフトは「サッカー選手にはパスポートに記された年齢は関係ない」といっていた。これは「ドーハ」を戦った当時36歳だったラモス瑠偉について語ったものだが、逆の意味で年齢なんか関係ないんだなと思わせるのが、鹿島アントラーズの柴崎岳だ。

7月13日の柏レイソル戦に出場した両チームの中で最年少の21歳。ところがプレーは、良い意味で若さを微塵も感じさせない。年齢を知らないで見たら、落ち着きあるプレーからベテランと勘違いしても不思議はない。

ラモス瑠偉や中村俊輔、小野伸二、遠藤保仁、そして同じ鹿島の先輩、小笠原満男に共通するピッチ全体を俯瞰できる特異な才能。この種の能力を持つ選手に出くわすと、彼らの頭の中にはどのような図が描かれているのか、一度のぞいてみたくなる。まあそれは無理なのだが、この手の選手たちに総じていえるのは、情報収集の達人ということだ。

柴崎のプレーを見ていると、とにかく首を振っている。刻々と変化するピッチの状況を常に最新の情報に更新しているからこそ、次に何が起こるかを高確率で予想できる。だから相手にボールが入った瞬間の寄せの速さや、味方がサイドでボールを持ったときのゴール前への飛び出しが可能になっているのだろう。

サッカーIQが高く、感覚的にサッカーをやる選手も多い中で、柴崎は理詰めでこのスポーツに向き合っている。それを感じたのは、彼が青森山田高校3年時にインタビューで青森市を訪れたときだった。決して多弁ではないが、一つ一つの質問にじっくりと考えてから答えを返してくる。内容は、ある意味でサッカーの教本的な的確さ。U17ワールドカップで背番号10をつけてプレーし、国際レベルでサッカーをとらえていた若者は、この時点で既にサッカーに関しては十分に大人といえたのだろう。

誰もが認めるキックの多彩さと正確さ。トラップ一つにしても、ボールをどの位置に置くのかが細かく計算されている。彼に関して関係者が話していたので印象的だったのは「ドリブルのときにボールだけを見ているという写真が1枚もない。常に間接視野でボールを扱っている」ということだった。すなわちドリブルをしながら、ピッチの情報を収集しているということ。第8節のアルビレックス新潟で決めた40メートルのロングシュートは、ドリブルをしながらも相手GKの位置を正確に把握しているからこそ可能だったのだ。

柏戦はロスタイムに決勝点を許したこともあり、話をしたくはなかったのだろう。試合後のミックスゾーンを、有無をいわせぬ迫力でスルーしていったことで、結局コメントは聞けなかったが、鹿島での柴崎の存在感は、ますます大きくなっていっていると感じられる。

こんな場面があった。72分、小笠原が交代し、ピッチにキャプテンマークをつける選手がいなくなった。腕章はスタッフの手で最年少の柴崎の腕に巻かれた。確かにそれは偶然だったのだろうが、21歳の若者が落ち着きはらって他の選手に指でパスコースを指示する交通整理の姿を見ていると、彼がリーダーであることになんの違和感もなかった。そして若き才能が進化する姿を常に見続けられる鹿島のサポーターをうらやましくも思った。

7月20日に韓国で開幕する東アジアカップ。日本代表のメンバーに柴崎が選出された。試合に出場すれば、青森県出身者として初のA代表キャップを記録することになる。確かにワールドカップ(W杯)ブラジル大会の本大会に名を連ねるのは簡単なことではないだろう。ただ一ついえるのは、遠藤が日本代表を去ったあとに、代表キャップ数最多記録を持つ名手の後釜に据えるとしたら、柴崎は間違いなく有力候補になるということだ。その成長の足跡を、楽しみに見守っていきたい。それにしても長かった。サッカー記者生活三十数年。やっと郷土出身の日本代表選手が生まれそうだ。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている