2012年5月23日、ヤフードーム(現ヤフオクドーム)は異様な雰囲気に包まれていた。夕陽に照らされたスタンドは黄金色に染まり、通算2千安打に残り1に迫った小久保裕紀が打席に立つたびに観客の歓声とため息が入り交じった。この試合は3打数3三振に終わり、2日後には椎間板ヘルニアのため出場選手登録を外れた。

あの日の独特な空気を生んだのは、残り1本という状況に加え、ドームの屋根開放日「ルーフオープンデー」だったからだろう。普段は重く無表情に閉じられた天井が砂時計の砂が落ちるようにゆっくりと開き、陽光がグラウンドに差し込み徐々に広がる。20分程度をかけて可動式屋根が完全に口を開けると、球場は生まれ変わった姿になる。時間によって移り変わる光模様を楽しめ、潮の香りがほんのりと混ざった穏やかな風が吹く。プレーする選手は時に守りにくさ、ボールの見えづらさを感じるかもしれないが、見る者は普段と異なる景色に心を奪われる。

その日がことしもやってきた。5月20日に実施され、球団に多くのファンから問い合わせがあったという。好評のため、6月13日のヤクルト戦での2度目の屋根開放が決まった。

当日はあいにくの曇り空。昼すぎに一度開いたが、午後2時の練習開始前に閉じられた。球団関係者によると雨雲が迫っていた。人工芝は水がはけるようになっておらず、大型ビジョンや照明も防水仕様になっていないため「常にレーダーを追いかけながらですよ。雨が降ってからでなく、降る気配があったら閉めないといけないんです」。この閉じたままで試合が行われるのかと落胆していたところ、なんと天気が回復した。再び重厚な屋根が開き、プレーボールの声がかかった。

ルーフオープンについて選手の声を聞いた。その中で印象に残ったのは米大リーグのメッツやヤンキースでプレーし、今季ソフトバンクに加入した五十嵐亮太投手。「やっぱり外が気持ちいい」と柔和な表情で言い「お客さんにとってもいいでしょ。お客さん中心でいいんじゃないかな」と続けた。ファンを大事にする右腕らしい。そんな五十嵐に米国時代のお気に入りの球場を聞くと「シティ・フィールドですね。メッツの本拠地の」と答えた。理由は昔ながらのつくりで、中身が近代的できれいだから。ヤンキースタジアムはどうか。改修後はシンプルになってしまったと少し残念そうな表情で「ボールパークですからね。どこかに遊び心みたいなところがあるといいじゃないですか」と話した。

現役時代に米国野球留学を経験した秋山幸二監督はオープン戦や交流戦でマツダスタジアムを訪れると、昔を懐かしむように言う。「ここは好きだな。ボールパークらしいからな」。緑の天然芝が美しい広島の本拠地は取材する報道陣にとっても開放的で気持ちがいい。

6月13日は結局小雨となり、屋根は試合途中に閉められた。ただ短い時間でも異空間を楽しんだファンは多かったはずだ。今季、ヤフオクドームでの次回ルーフオープンデーの予定は今のところない。諸々の設備が閉鎖している状態を前提に構想され、選手のプレーに及ぼす影響に配慮した事情はあるにしても、個人的にはもっとヤフオクドームで屋外気分を味わいたい。

岡田 康幹(おかだ・やすき)1985年生まれ、東京都出身。2010年に共同通信入社。本社運動部を経て、同年12月から福岡運動部。プロ野球ソフトバンク担当。