「ミスタープロ野球」と言われた長嶋茂雄氏と一緒に国民栄誉賞を受賞することになった松井秀喜氏の戸惑いが手に取るようだ。「長嶋監督の受賞は当然だと思うが、自分に関しては恐縮のひと言しかない」と、松井氏は取材に答えている。「ゴジラ」のいかついニックネームとは裏腹に、謙虚な性格が色濃く出ている談話であり、本音だろう。

4月1日に政府が長嶋、松井両氏のダブル受賞を発表したとき、長嶋氏の受賞にはまったく異論は出なかったが、松井氏に関しては多くの国民の半分が受賞を歓迎し、半分が疑問に思っていたと思う。そのことを自覚している松井氏の談話なのだが、こう聞かされると「松井氏は受賞に追い込まれたのでは」とつい邪推してしまう。

▽亀田の異常な行動

それから1週間後、大阪で行われたプロボクシングの試合で、WBA世界バンタム級の6度目のタイトル防衛を判定で成し遂げた亀田興毅選手がリング上でファンに土下座しているのをテレビで見た。亀田選手が負けていてもおかしくない微妙な判定に、世界王者がやむにやまれない気持ちになったのだろう。試合前に宣言したKO勝ちが実現できなかったことへの謝罪などではないと思った。まさか「負けていた」とは言えないし、自分ではどうしようもない亀田選手の心情が見えた気がした。松井氏の受賞とダブらせるつもりはないが、松井氏は「現時点で自分がいただいてもいいのか、という迷いもあるが、今後、数十年の時間をかけて、この賞をいただいても失礼ではなかったと証明できるよう努力する」とも語っているのだ。

▽師弟関係を逆手に取る?

長嶋氏と松井氏は強い師弟関係で結ばれている。だから、松井氏は長嶋氏と一緒の国民栄誉賞受賞を内々に聞かされたとき、断る理由がなくなってしまったのだろう。

安倍総理大臣が松井氏の受賞理由を「日米のプロ野球で活躍」と説明した。昨年の引退をきっかけに松井氏がもらうのもありだが、それなら今日の日本選手の米国行きのパイオニア的存在の野茂英雄氏が先という声は当然のように聞こえた。イチロー選手はメジャー1年目に首位打者になった2001年とメジャーのシーズン最多安打記録を樹立した2004年に国民栄誉賞受賞の話があったそうだが、現役選手を理由に内々に断ったそうだ。

▽政治家と距離置いた名将

まあ、国民栄誉賞の受賞基準はあってなきに等しいもので、時の政権が国民にアピールする類のものだと割り切るしかない。しかし、政治家との結び付きに神経を使うスポーツ界の人間は多い。茨城・取手二高や常総学院高で春夏の甲子園で3度優勝した名物監督だった木内幸男氏もそんな一人である。「県立の場合、グラウンドの整備ひとつでも10年ぐらいかかるが政治家に頼めば2年でできる。でも、今度は選手を取れとか頼まれる。それでは生徒たちの公平性が保てなくなるから一切付き合いはなし」と、引退後の講演で話したものだ。

▽突然の映画「長嶋物語」

今回の受賞発表の数日前、テレビのBS日テレで「ミスタージャイアンツ・勝利の旗」という、1964年に上映された長嶋選手物語の映画が放送された。「えー、なんで今頃」と思いながら見ていたら、国民栄誉賞発表である。巨人の親会社、読売新聞や日本テレビにとって長嶋氏の受賞は遅きに失したぐらいだろうが、松井氏の受賞は“渡りに船"であろう。5月5日に東京ドームで松井氏の引退セレモニーが行われる。巨人の実質的オーナーである渡辺恒雄氏の「将来は松井氏を巨人監督に」という目論見に大きな力となる。逆にいえば、今度の受賞も政治家と組んだ読売の行動ではないかという憶測がされている。これでは、どちらが利用したのか分からないというものだ。

▽ミスターをもっと生かせ

大相撲の大横綱大鵬さんが亡くなってからの国民栄誉賞受賞となった反省から、長嶋氏が元気なうちに受賞することはいいことである。ただ、最初の国民栄誉賞受賞者の王貞治氏はソフトバンク球団会長の傍ら、日本球界の顔として活動している。その点、ミスタープロ野球といわれた国民的英雄の長嶋氏を読売グループは抱え込み過ぎているように感じられる。

4月13、14日に都内で野球・ソフトボールの五輪種目復帰に向けた「世界野球ソフトボール連盟(WBSC)」設立の会議が開かれ、王貞治氏があいさつした。野球はプロとアマが力を合わせるときである。脳梗塞に倒れ、体調面で心配される長嶋氏だが、もっとミスターの出番があってもいいと思う。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆