昨年までの2年間、日本ハムを担当した。ことしの開幕を迎える前に、栗山英樹新監督による昨季のリーグ優勝の舞台裏で感じた、普段の原稿では書ききれない選手の一面を紹介したい。球場では何万人もの大声援を受け、好結果が出れば多額の年俸を手にすることができるプロ野球選手は一見華々しい存在に映る。しかし楽しいことがあればつらいこともある。日々それぞれの思いを胸に人知れず汗を流し、喜びなどつかの間でむしろ世の中の人たちと同様に苦しい経験の方が多いように思う。

開幕後から首位争いを繰り広げていたチームとは裏腹に、糸井嘉男(現オリックス)は悩み続けた。全く思い通りのスイングができない大スランプ。札幌ドームでの試合後に打ち込んで誰よりも遅く球場を出た後も、別の場所にある寮の室内練習場へ直行してバットを握った。「ここ3年間でこんなことはなかった」。懸命に答えを探しても見つからず、まさに五里霧中だった。それでもめげずに練習に重ねた。大好きな酒を控えたこともあった。

8月3日、広い札幌ドームで豪快な2本塁打を放った。だましだましで打ってきたものが、ついに自分の型にかちっとはまった瞬間だった。その晩、私は彼とささやかに祝い酒を酌み交わした。肩の荷が下りた解放感が悩めるスラッガーの体中を埋め尽くしていたはずだ。グラスを片手にジョークを交えながら本塁打を祝ったが、糸井は「本当に悩んでいたんだから」と小さな声でこぼした。常に明るく振る舞う糸井だが、その時ばかりは暗い表情が晴れなかった。こちらは半ば冗談と分かりながらそれを受け入れられない程に、頭を抱え続けていたのだろうと悟った。この日を境に本来の調子を取り戻し、リーグ優勝に一役買った。

「今、手術待ちをしているところなんだ」。金子誠から思わぬ事を聞いたのは、リーグ優勝を果たした4日後のことだった。全体練習が終わり、札幌ドームの駐車場でベテランは突然切り出した。痛みを押し殺して出場を続けた代償として左膝に爆弾を抱えていた。

プレーオフを控えた大詰めの大事な時期。胸の内を問うてみると「CS(クライマックスシリーズ)とか日本シリーズとかより、正直自分の膝がどうなるのかの方が気になる」。開き直りすら感じる表情だったが、目には決意と覚悟の色がにじみ出て「自分が楽しむ時代はもう終わった」と続けた。

昔は自分のために野球をしたが「今は家族のためにやっている。子供も大きくなって、優勝の意味合いが違うものになる」。愛する妻、そして子供たちが喜ぶ姿を見たい―。その一心でどんなことが起きようとも耐えた。体はぼろぼろで、昨季の開幕前は引退しようとも考えていた。だが、家族の姿を思い浮かべるたびに、もう一度挑戦する、むしろ挑戦したい気持ちが自然と湧いた。

本来であれば軟骨にまで手を掛けて、リハビリに9カ月もかかる手術が必要だったが、一刻も早い復帰を願って半月板にだけメスを入れた。日常生活にも支障をきたしていた故障を経て、今季の金子はかなわなかった日本一の座へ再び挑む。

私は昨年暮れに大阪へ転勤となり、今季は阪神を担当する。この伝統球団でも選手は必死に白球を追い掛けている。ファンを沸かせるため己の限界に挑戦し続ける男たちの話を、これからも届けていきたい。その人の人間味に触れながら。

白石明之(しらいし・あきゆき)1987年生まれ、埼玉県出身。2010年共同通信入社。東京本社を経て、10年暮れからから札幌支社で主にプロ野球日本ハムを担当。12年末から大阪支社で阪神を担当。早大時代は野球部に所属。