成功体験が人を進歩させるという話は聞く。しかし、これまで会った多くの選手は、失敗体験とはいかないまでも、悔しい思いをその後の飛躍につなげている人が多い。少なくともトップアスリートと呼ばれるまでに上り詰める人は、間違いなく恐ろしいほどの負けず嫌い。またそうでなくては、過酷な競争に勝ち残れないのだろう。

先日、フットサルの日本代表キャプテン、小宮山友祐選手の話を聞く機会があった。彼の場合の飛躍の原点となったのは「1分」の悔しさだった。駒沢大学を卒業し、東京・新宿区の高校で日本史を教える教員だった。趣味の延長として続けていたはずのフットサル。所属するチームに日本代表選手が数多くいたことで、いつしか自身も日の丸のユニフォームを目指すようになっていたという。

日本代表に名を連ねる他の選手は、代表招集にすぐに応じられるように、アルバイト生活で生計を立てていた。その中でただ一人定職を持つ小宮山選手は、異色の存在だった。

2004年、初めての日本代表選出。一度はメンバーから外れたが、他の選手のけがにより追加招集され、台湾で開催されたワールドカップ(W杯)のメンバー入りを果たした。

ブラジル人のセルジオ・サッポ監督率いる日本代表は、この大会でグループリーグ3連敗に終わった。1試合20分ハーフの計40分で争われるフットサル競技。計3試合120分のなかで、小宮山選手がプレーしたのは、わずか1分間だけだった。帰国後、学校に戻ったときに想像以上に周囲の期待が高かったことに気づかされたという。

「日本残念だったね、それで小宮山先生は何分出たのという話になったんです。1分しか出られなかったと答えたときの子どもたちの『1分間?』というリアクション。それはショックでした。大会前に学校で壮行会も開いてもらっていたので、子どもたちをがっかりさせてしまったという思いは正直ありましたね」

同時に自分自身に対する悔しさもこみあげてきた。定時に終わることのまずない教員という仕事。練習に参加することもままならないなかでつかんだ日本代表の座ではあったが、不完全燃焼の思いは心のどこかに常につきまとった。大好きな教員という職業と、選手という立場にどこで折り合いをつけるか。チームの練習を欠席することも多く、チームメートからは「所属はJFA(日本サッカー協会)だろう」と冷やかされることもあった。そのなかで転機となったのは06年のアジア選手権優勝だった。

「それまでアジアではイランが圧倒的に強かった。初めてイランを破って初優勝したことで、もう一度世界を目指したい。08年のW杯で勝負してみたいと思ったんです」。選手としての自分に懸けてみたい。それは教師という職業に一線を引くことでもあった。07年に発足するFリーグ。安定した生活を捨て、まだどうなるかも分からない新リーグに飛び込む。不安はあったが、選手としての充実期を考えると、このタイミングしかなかった。

「当然、保護者や生徒からの反発はありましたね。特に担任を持ってましたから、2年生の。『俺たちを見捨てるのか』と。でも学校を辞めると伝えたのが1月。3月までの2カ月間で子どもたちには自分の夢をていねいに伝えました。納得してくれたかは分からないですけど」

フットサルに専念して2年目の08年、ブラジルで開催された2度目のW杯。小宮山選手はサッポの信頼を勝ち取り、主力として大会を戦った。日本はこの大会でソロモン諸島、キューバに勝利を収め、W杯初の勝ち点を獲得した。しかし、小宮山選手の心に残ったのは、日本代表として初の勝利を収めた喜びではなく、敗戦のショックだった。「初戦のブラジルに1-12の大敗。決勝トーナメント進出が懸かったロシア戦にも1-9の完敗。なにもかもが日本と次元が違う。そのことにぼう然としました」

カズ(三浦知良)の出場で、これまでになく注目を浴びたフットサル界。スペイン人のミゲル・ロドリゴ監督の下で、タイで開催された昨年のW杯で、日本代表は史上初めてグループリーグを突破した。敗れたとはいえ、4年前は1対12と手も足も出なかったブラジルに1-4の善戦。前半2-5と3点のビハインドを背負いながら5-5の引き分けに持ち込んだポルトガル戦は、日本フットサル史に残るベストゲームの一つだろう。さらに初のグループリーグ突破を決めたリビア戦。しかし、ここでも小宮山選手の心に残るのは、悔しさだという。決勝トーナメント1回戦の3-6の敗戦。勝負に「たら、れば」はないけれど、トーナメントなので0-0でも構わなかった。それをなぜあれほどアグレッシブに攻めて、前半で6点も失ったのか。

「結局、アスリートというのは優勝することのみで次のステップに踏み出せるんじゃないですかね。行き着くところはそこかなと思います」12年W杯を終えたあとに現役を引退することも考えていた。しかし、まだやり残したことがあると現役続行を決めた。そして現在33歳の小宮山選手は、いまでも日本代表への思いも持ち続ける。そこには、日本フットボール界のレジェンドの言葉が多大な影響を与えている。

「現役を続けるんだったら、代表を常に目指し続けなければならない」

現在46歳のキング・カズの言葉だ。

初めて担任を受け持った生徒は現在28歳。自分とさほど年齢の変わらない立派な社会人に育った。その教え子たちの声援に、気恥かしさを感じることもあるという。「でもあの子たちに37歳でW杯に出る自分の姿を見せてもいいのかな」。そういって小宮山選手は笑った。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている