「くにがみ」の知名度は一躍跳ね上がったのではないだろうか。プロ野球各球団のキャンプが2月1日に一斉に始まり、沖縄県内で多くのチームがシーズンに備えた。本島の最北端に位置する国頭(くにがみ)村でキャンプを行ったのは日本ハムの2軍。投手と野手の「二刀流」に挑戦する大谷翔平投手(岩手・花巻東高)を一目見ようと、人口5千人あまりの村は大いににぎわった。

午前8時をめどにチーム宿舎に報道陣が集まり始める。注目ルーキーが姿を現すと記者がそばにくっつき、いわゆるぶら下がり取材が始まる。東シナ海の青い海を見ながら海岸線を歩き、球場までは約10分程度の道のり。朝早くからぺらぺらと話したい人などまれだろう。その気持ちを理解しつつも、一つ一つの質問に丁寧に答えた18歳の姿に好印象を持った。

A4サイズの練習メニュー表は真ん中で投手と野手に分かれている。背番号「11」は両方に記されたことが多い。緊張の初日を終えた時は「メニューの見方も、流れも分からなかった」と右往左往する場面も見られたが、日が進むにつれて効率も良くなった。投手だけの日もあれば、野手に専念する日もあって、投手と野手の両立は少しずつ前進した。

実戦には野手として先にデビューした。17日の紅白戦に途中出場し、4打数2安打。三遊間を抜く鋭い当たりを見せたかと思えば、右にも引っ張る力強さも示した。集まった1800人の観客を何よりも沸かせたのは走塁での積極性だった。五回の2打席目の右への当たりで一塁を蹴ると、一、二塁間で一瞬の迷いは見せたものの二塁を鮮やかに陥れた。「ああいう練習は高校時代にしていたので。出てくれて良かったかな」と涼しい顔で振り返った。ただでさえ緊張する初実戦で普段通りのプレーを発揮するのは難しいはずだ。21日には投手としてフリー打撃に登板。昨年12月以来となる打者との対戦で抜ける球もあったが、事前に球種を告げてから投げるフリー打撃の形式で一つ年上の打者から空振りを奪うあたりはさすがと感じさせた。

22日で2軍のキャンプは打ち上げ、その1日前に1軍への合流が決まった。まだ寒い2軍本拠地の千葉県鎌ケ谷市で体を動かすよりも、温暖な地で継続して調整をさせたいという首脳陣の判断が決め手となった。「最速160キロ右腕」と「高校通算56本塁打」の

肩書を持つ。栗山英樹監督は「投げる方はそんなに慌ててないのでね」と話し、実際に

23日からのオープン戦は先に野手としてデビューを果たした。球団は本人が納得するまで投手と野手との両立をさせるつもりだという。かつては関根潤三や藤村富美男らが投打でプロ野球界をにぎわせ、近年では嘉勢敏弘らが二足のわらじを履いた。話題のルーキーがこの先どんな道を歩むのか、しっかりと追いたい。

松下裕一(まつした・ゆういち)2004年入社。05年からプロ野球を取材し、オリッ

クス、阪神、ヤクルト、西武を担当。13年に日本ハム担当。東京都出身。