ルーキーの話題以外では、やや精彩を欠いたスポーツマスコミのプロ野球キャンプ報道だが、やっとひと息つけそうだ。2月15日から、第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)へ向けた日本代表選手選考のための合宿が宮崎市で始まり、米サンフランシスコでの準決勝・決勝まで勝ち残れば、この1カ月間はプロ野球ネタに困らない。

イチロー外野手(ヤンキース)ら日本人大リーガーが不参加とあって、過去2回と比べて代表の陣容が見劣りするのは否めない。山本浩二代表監督(元広島監督)はリップサービスにこれ務めてきたが、まあ3月2日からの1次ラウンドが始まれば、3連覇への期待からも少しは盛り上がってくるだろう。ただ心配もある。勝利へのプレッシャーから選手が無理をしないかという点だ。それでなくとも例年ならオープン戦の時期の3月に調子のピークに持ってくるのは相当厳しい。選手は体調面の自己申告を正直にするべきだと思うし、公式戦が始まっても無理はしないことだ。故障しては元も子もない。

日本代表でチームの顔となる選手がいないのは寂しい限りだが、その中で注目されるのは楽天・田中将大(まさひろ)投手だろう。昨年オフの契約更改の席で球団に「将来のメジャー移籍を希望した」ことが明らかになったから、なおさらWBCでの投球にメジャー関係者の注目が集まるし、実質的な田中投手争奪戦が始まることになるかも知れない。

田中投手は駒大苫小牧高のエースとして2006年夏の甲子園大会で斎藤佑樹投手(早実高―早大―日本ハム)と決勝そして決勝再試合で投げ合い、高校野球史に名を刻んだ。楽天入り1年目で11勝を挙げるなど昨年までの7シーズンで75勝35敗、防御率2・50と活躍し、今や球界を代表する投手となり、今回のWBCでもエースと目されている。今年11月で25歳となる田中投手は、ダルビッシュ有投手(日本ハム―レンジャーズ)が歩いた軌跡をなぞっているように映る。高校からプロ野球入りしてすぐに実績を残し、WBCでその実力を世界に示し、そして若くしてメジャーへ、である。

ダルビッシュ投手は松坂大輔投手(西武―レッドソックス)の60億円をドルベースで上回る金額でポスティング移籍した。そして1年目の昨季は16勝をマークして期待に応えた。田中投手は来年で国内FA、再来年には海外FAの資格を取得するそうだが、楽天球団だって指をくわえて見ていることはないと思う。エースに支払える年俸にも限界があるだろうし、「メジャーで勝負したい」と思い続ける選手の気持ちを抑えることは、まず不可能だからだ。

日本人で最初の大リーガーとなった村上雅則投手がメジャーのマウンドに立ったのは1964年9月だった。村上投手は南海(現ソフトバンク)から大リーグのジャイアンツに野球留学したが、そこで認められ登板となった。この村上問題は日米球界で大騒動となり、最後は南海に帰ってきた。あれから50年経つ。

しかし、日本人大リーガーが本格的に誕生するきっかけをつくったのは1995年の野茂英雄投手からで、それから毎年、太平洋を渡る選手が後を絶たず、昨年まで約50人がプレーした。今季から新たに加わったのは藤川球児投手(阪神―カブス)と中島裕之内野手(西武―アスレチックス)で、今季もマイナーなどを含め18選手がいる。福留孝介選手と西岡剛選手が阪神と契約して日本球界に復帰するなど、日米野球も新時代に突入した。しかし、大リーグは相変わらず日本人選手のあこがれなのだ。

それを象徴するのが昨年暮れに大リーガーのまま引退した松井秀喜氏と今季インディアンスとマイナー契約した松坂投手である。松坂投手は2年前に右肘を手術し、昨季は1勝しかできずレッドソックスを去った。大リーグ6年間で通算50勝37敗の成績では、大リーグに打ち負かされた思いしか抱かなかったのではないか。松井氏もそうだったが、マイナー契約という屈辱を味わってもメジャーで勝負したいという一念を感じる。それほど大きくて底の深い存在、それがメジャー野球なのだろう。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆