エースの苦しみが続いている。ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプ男子で、昨季4勝して世界から脚光を浴びた25歳のエース伊東大貴(雪印メグミルク)が昨春からの右膝の炎症で十分な練習ができず調整遅れをシーズン中盤になっても取り戻せていない。五輪前のシーズンでの逆境にも「その時の状態でできることを百パーセントやるのを繰り返すしかない」と冷静に復活への階段を上るつもりでいる。

昨季は札幌・大倉山での初優勝を含む2勝を挙げ、海外でも2勝と大きな自信をつけた。1998~99年の葛西紀明(土屋ホーム)の6勝、長野冬季五輪のあった97~98年の船木和喜(フィット)と原田雅彦の5勝に次ぐ、シーズン4勝の要因は精神的な落ち着きがもたらした。ここ数シーズンはルール変更が相次ぎ、伊東もスキーの長さなどが変わった。「どうせまたルールが変わるのならいい意味で開き直って、いろいろ試してみよう」と無駄な力みがなくなった。W杯の主戦場は欧州で、選手は一度の遠征で1~2カ月、日本を離れる。時差とも戦いながら移動と試合を繰り返すため、いったんメンタルや技術の歯車がずれると修正するのは簡単ではない。18歳から転戦を重ねる伊東が心の強さを手に入れたことで、踏み切りでジャンプ台に長く力を伝えてK点付近からぐんと飛距離が伸びる技術に磨きがかかった。

今季もルール改正があり、体に密着するスーツになった。さあ練習と意気込んだが、原因不明の膝の痛みに見舞われた。練習を控えてもなかなか痛みが引かない。従来よりも浮力を得づらくなったスーツで飛び出しの角度や空中での感覚を確かめたかったが、なかなか飛べない日々が続いた。ジャンプを始めてから初めての経験に「いら立ちというかストレスを感じた」という。W杯序盤戦のメンバーから外れ、年末年始のジャンプ週間から復帰したが「正直、今の状態で行っても大丈夫かなという気持ちは強い」と世界は甘くはないことを分かっているようだった。

結果はその通りに。本戦に進んだ5戦のうち1度も2回目に進めなかった。予選落ちもした。1月19日に札幌で行われたW杯で6位に入り、ようやく30位以内に与えられるW杯得点を今季初めて獲得。「本当はもっと早く取らないといけなかったけど」と安堵の表情を浮かべながらも「まだ気持ちと技術が安定していない」としっくりはきていないようだった。翌日の1回目には難しい条件ながら持ち味の後半に伸びるジャンプで2位につけ、優勝も視界に捉えた。しかし2回目は、ゲートで手を滑らせてバランスを崩すと助走路を滑り落ちた。擦り傷や突き指など大けがには至らなかったものの、1週間後のNHK杯を欠場。所属先の斎藤浩哉監督が「日本に帰ってきてからまずまずのジャンプができていて、手応えはつかめてきている」と言っていただけに、また水を差した形となった。

「誰だっていい時もあれば悪い時もある」「どんな状況になってもあきらめない強い気持ちだけは持つようにしている」。今季エースはそう繰り返した。世界選手権までは約1カ月と修正する時間は短いが、ソチ冬季五輪までは約1年。手に入れた強い心で試練を乗り越えて再び栄光をつかめるか。伊東はこのままでは終われない。

城山 教太(しろやま・きょうた)1976年、札幌市出身。00年共同通信入社。京都、鳥取、広島支局で警察、行政などを担当して10年春に運動部へ。現在はレスリング、スキーなどをカバーする。