ここ2年ちょっと東京六大学や東都大学野球を取材しているが、東大の試合を見ながら、球界の知恵袋の「野村克也氏を監督にすれば面白いのになあ」と、いつも思っていた。新年早々、元巨人の桑田真澄投手が東大野球部の特別コーチに就任すると聞いた時、これは面白いと思った。

▽早大大学院でも学ぶ

高校野球のPL学園で頂点を極め、巨人では173勝を挙げ、大リーグでも投げた桑田元投手が物事を論理的に考え、発言するところに興味を持っていたからだ。指導者として未知数だし、試合のベンチにも入れない特別コーチでは限界があるとも言えるが、東大投手陣をどうテコ入れするか、早大大学院で学んだ44歳の挑戦は楽しみである。1月20日ごろから練習に参加し、月2回ほどのペースで指導するそうだ。

東大特別コーチとして元中日の谷沢健一氏がここ数年、打撃指導に当たっている実績もあり、まさか法大野球部のように、OB会の反発による内紛劇は起こらないだろう。

▽東大は46連敗中

東大は終戦直後の1946年春の2位が最高成績で六大学で唯一優勝がない。81年春には6勝をマークしたり、2004年ドラフトで5人目となるプロ選手を送り出した。ただ、現在リーグ戦46連敗中で30季連続最下位。昨秋は勝てそうな試合が数試合あったが、最近では1勝できるかどうかという低調ぶり。他5大学との実力差は広がる一方で、厳しい言い方をすれば、東京六大学の記録面の質を損ないかねない、と危惧している。

▽投手力アップが勝利への近道

勝つにはまず投手力からだろう。今年から就任した浜田一志監督が桑田特別コーチに期待する理由だと思う。東大が最後に勝った2010年10月の早大戦を取材したが、その試合にヒントがある。あの斎藤佑樹投手(日本ハム)に黒星を付け、4―2で勝利したが、勝因は鈴木翔太投手だった。この1年生投手は徹底して遅いカーブを多投して、早大打線をかわした。0奪三振、7与四球、9安打されながらの2失点完投勝利。それ以来、東大クラスの投手では少々の速球では通じないと思い、ナックルボールなどを投げる変化球投手が出てこないかと心待ちにしているのだ。

昨秋の惜しい試合は投手陣が終盤に踏ん張れなかったことで勝ちを逃した。投球の組み立てで勝ち星を重ねた桑田氏から投球術を学べば、もっと勝ち負けに持ち込める投手が育つはずだ。もちろん球の切れや制球力の課題、さらに高校時代に鍛えられていない東大の投手は肩やひじを痛めることが結構多い。体が大きくない桑田氏のトレーニング法や調整法なども参考になるだろう。

▽「体罰」でも発信する桑田氏

最近、大阪市立桜宮高のバスケットボール部の主将が顧問(監督)の体罰に耐えきれずに自殺する痛ましい事件が起こった。「部を強くするために体罰は必要と思った」と顧問は言っているそうで、こうしたことに寛容な声も聞かれることに暗たんたる気持ちになった。時計の針が30、40年前に巻き戻された感じすらする。「体罰」について、桑田氏は明確に「体罰は不要」とする主張を展開している。「小、中時代はしょっちゅうやられたが、体罰に愛情を感じたことはなく、野球がうまくなったのは体罰を受けなかったPL時代」と語っている。脳科学の面から言っても、技術力アップには指導者の言うことを素直に聞ける環境が重要になる。つまり殴る相手の言うことは耳に入らない。このことは子どもたちの勉強でも言えるもので、先生を好きになれるかどうかなのである。

▽高野連は暴力否定宣言を

無抵抗をいいことに特にスポーツの部活動で、指導者あるいは先輩が「気合を入れる」ことが横行している。高校が知名度を上げるには「東大合格者を増やすか甲子園出場」と言われる。その高校野球で指導者や部員の暴力事件が後を絶たないのは、日本学生野球協会での処分件数を見れば、一目瞭然である。当コラムで昨年、夏の甲子園大会を前に、「暴力のない高校野球を目指す」という通達を出している日本高校野球連盟の奥島孝康会長に開会式で「暴力否定」を宣言してはどうかと提案した。高校野球界からのメッセージはインパクトがあるとともに、注目される高校野球だからこそ、自らを厳しく律することが求められるからである。

▽新指導者としての期待

桑田氏には巨人入団時のいきさつや入団後の「投げる不動産屋」といった悪評が付きまとった。それをバネにして成長してきたのだろう。共著に「野球を学問する」がある。「殴ってうまくなるなら全員がプロ選手になれる」「服従で師弟が結び付く時代は終わり」。新しいタイプの指導者として成功するかどうか、注目していきたい。その第一歩が東大野球部となる。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆