過去2シーズン、Jリーグでプレーしたのはわずか3分間。それでも最後の舞台で周囲の期待に応える「ゴンゴール」を決めてしまうのが、この人の持つスター性なのだろう。

12月26日、ユアテックスタジアム仙台で行われたチャリティーサッカー2012。後半残り7分から出場した「ゴン」こと中山雅史に、誰もが求めたのはゴールしかなかった。

今シーズン限りで23年間の現役生活に「一線を引く」ことを決意。「引退」という2文字をあえて使わないところが彼らしい。この記録にも記憶にも残るストライカーは、たとえそれが親善試合とはいえ強烈な印象を残し、そしてピッチを去っていった。

試合終了直前のラストプレーも、点を取るための計算され尽くされた動きだった。宇佐美貴史が中盤でボールを持った瞬間、DF岡山一成の背後に入り込み、宇佐美のスルーパスのタイミングで岡山の前のスペースに飛び出す。いわゆる「消える動き」で岡山のマークを外すと、最後はGKの手を弾くシュートでボールをゴールマウスに送り込んだ。

確かに中山自身も「周りの気の使い方が、痛いほど分かった」と苦笑するように、相手側の多少の優しさはあった。しかし、それはシュートの瞬間に岡山がタックルに入らなかったことだけ。フリーになるためのオフ・ザ・ボールの動きに関しては、文句のつけようのないものだった。

フィジカルコンタクトが避けられないサッカーで、45歳まで現役を続けた良い意味での執念深さ。カズ(三浦知良)という同じ1967年に生まれたもう一人の日本サッカーのレジェンドの存在はあるが、この年齢までプロの肩書きを貫いたのは世界的にも稀というよりも、異常だろう。あのマンUの39歳と38歳のオジサンコンビ、ライアン・ギグスとポール・スコールズの存在ですら奇跡に近いと思えるのだから、カズ&ゴンは“世界遺産"クラスだ。

札幌に所属した最後の2シーズンは厳密にいえばプレーをしていないに等しい。費やされるリハビリへの時間。膝のケガに悩まされ歩くこともままならぬ状態で、それでも中山が現役にこだわったのは常人には理解のできない次元での話なのだろう。自分の意思で現役を引退するかどうかを決められる恵まれた選手(クビになる選手の方が圧倒的に多い)の場合、二通りのタイプがある。まだ、現役で通用する実力がありながら、潔くスパイクを壁に掛ける選手。ドイツW杯直後に29歳で引退した中田英寿氏がこのタイプだろう。一方で、もがきながらも現役にこだわり、しがみつくというタイプも、中田タイプのスマートさにこそ欠けるが、人間的な魅力を感じる。そしてあくまでも推測だが、後者の中山タイプの選手のほうが、よりサッカーを楽しむ引き出しを多く持っているのではないかとも思える。なぜなら、痛くても、辛くてもサッカーを続けられるのは、「サッカーが楽しい」と思える心がなければ不可能だからだ。

「ポストプレーをしても、ボールがうまく収まらない。正直、いまの若い選手と比べればボール扱いなんて本当に下手ですよ。でも向上心がすごく、どんなに苦しくても自分のものにするまで地道に努力を続ける。ベースにサッカーが好きという純粋な気持ちがなければできないですよね」

いまだに破られることのない年間最多得点36ゴール(27試合)。中山が1998年に達成した大記録はオフ・ザ・ボールの動きを追求した末の結果だった。DFの視界から「消える動き」を経てラストパスを受ける。ともに中山スタイルを追求したのが、当時、磐田のコーチを務めていた山本昌邦氏だ。その山本氏の目を通す中山は「とにかく真面目。ゴンは努力することにかけての天才ですよ」となる。テレビでおどける姿とはかけ離れるのだ。

プロ野球選手が子どものころは、ほとんどがエースで4番だったように、プロサッカー選手も少年時代はほとんどが攻撃のエース。それがプロへとステップアップする過程で、技術的に劣る選手はFWからMF、DFへとポジションを下げていくのが世界的な流れだ。その意味で言えば中山はDFからポジションを最前線に上げ、プロとしてJリーグ最多の157ゴール(すべてJ1)を記録。そのキャラクターと同様に常識を覆す選手と言えよう。

98年4月15日のセレッソ大阪戦から始まった4試合連続のハットトリック。2000年2月16日のブルネイ戦、わずか3分15秒で達成され国際試合最短時間ハットトリック。二つのギネス記録を持つ。印象的なゴールはこれだけではない。98年6月26日、ジャマイカ戦で記録された日本の記念すべきW杯初ゴール。そのすべてが30歳を超えてから記録されたものだった。

人は向上心を失わない限り、前に進み続けることができる。中山雅史という規格外のフットボーラーは、われわれにそれを教えてくれた。ドーハのベンチ脇で崩れ落ちた姿。フランスW杯のジャマイカ戦後に、骨折をしながらも車椅子に乗り律儀に記者たちの前に戻ってきてくれた姿。思い返せば、彼そのものが日本のサッカーの歴史だった。誰にでも愛される好漢ゴン中山。彼の存在を抜きに、現在の日本サッカーの隆盛は考えられない。それを思えば贈る言葉はこの一言だろう。「ありがとう」―。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている