この人は、江戸時代にでも生まれていたら、ものすごい剣豪になっていたのではないだろうか。涼し気な笑みを浮かべながらも、ひとたび立ち合いで刀が抜かれると、次の瞬間、対峙した相手は地に倒れ込んでいる。JリーグMVPを受賞した佐藤寿人(広島)のプレーを見ていると、そんなイメージが重なる。

今シーズン挙げたJ1最多の22ゴールのうち、実に17ゴールがワンタッチによる得点だ。その一太刀にかける技術と集中力は、おそらく我々が想像する以上の研ぎ澄まされた感覚なのだろう。ボールをワントラップ、もしくはドリブルで持ち込んでのシュートの場合、ミスがあっても修正が可能だ。しかし、ボールに対しての一度のコンタクトだけでのシュートは、その次がない。彼がいかに、一度しか与えられないタイミングにエネルギーを注ぎ込んでいるかと思いを巡らすだけで、頭が下がる。おそらく90分間を戦い抜いたあとの佐藤は、体力面以上に、精神面で相当に消耗しているのではないだろうか。

Jリーガーを見ると、プロになったレベルの選手だから、技術があるのは当たり前だろう。しかし、そのなかで佐藤のような一流のストライカーと、彼よりも恵まれた技術と身体能力を持ちながらも、なかなかゴール数を積み上げられない二流のFWを分けるのは、頭の使い方なのだろう。なかでも集中力の差が一番大きいのではないだろうか。スポーツに限らず、すべての物事においてミスが起きるのは集中力が切れたときだ。「集中を切らすな」と言葉にするのは簡単だが、実をいうと集中力を持続させることのできる選手というのは、プロのスポーツ選手でも、もしかしてそう多くはないのかもしれない。その意味で一流選手の条件というのは、肉体能力や技術の前に集中力が不可欠な条件となってくるのではないだろうか。

さらに別の意味での重要な頭の使い方。それがイメージだ。取材をしていて、たまに腹が立つことがある。それは、格好をつけて言っている言葉かもしれないが「外国の試合や、他の選手のプレーは見ません。自分のプレーを貫くだけなので」という若手選手にたまに出くわす。そういうとき、僕は心の中で「お前はサッカーで飯食ってんだろ。いいプレーを見てイメージを増やせよ」と、急激にその選手に対しての興味が冷めていくことがある。佐藤はそんな勉強放棄組とは、真逆の選手。「家にいるときは、いつもサッカーの試合を見ている。それによってイメージが膨らみ、プレーの選択肢も増える」というように、常に自分のプレーを高めるためのヒントを探している。たとえその教材がJ1よりレベルが落ちるJ2の試合であったとしても、何かを吸収しようとしているのだ。

佐藤のプレーの特長を一言で表すと、どのような新聞や専門誌でも間違いなく「裏に抜け出る巧さ」と書きつづるだろう。それは間違いのない事実だ。一方でサッカーというスポーツを守備側から見ると、最もやってはいけないことは、DFラインの裏を取られないこと。考えてみると佐藤は守備戦術の最優先順位に対し、常に真っ向から勝負を挑んでいることになる。守備側は、裏を取られないように最大限の警戒をしている。その状況でターンや数歩のダッシュがいくら素早いとはいっても、同じパターンで抜け続けられるわけがない。DFに予測されながらも、佐藤が見事に裏に抜けられるのは、他の選手よりはるかにプレーの選択肢が豊富だからにほかならない。一見抜けた瞬間は同じように見えるが、そのアプローチはバラエティーにあふれている。「いま何が最適なのか」を瞬時に判断できるからなのだろう。

「過去の自分のゴール場面は、全部覚えている」と本人も認める記憶力のよさ。裏を返せば、当然うまくいかなかったプレーも覚えているということだ。判断事例の数が多ければ多いほど、より高確率の選択ができる。それがゴールという結果につながっている。DFとの駆け引きのうまい選手というのは、基本的に人間観察が鋭いが、佐藤もそのタイプなのだろう。さらに佐藤はいい意味での嘘つきだ。オフサイド・ポジションにいて、「自分はプレーに関与しませんよ」というふりをしながら、2列目の選手の上がりをうながす。その選手にDFの注意がいくと、再びオンサイドに戻った佐藤が、DFの空けたスペースを使う。やる気のないようにDFラインの間を浮遊しているかと思うと、相手の視界から消えた瞬間に急にギアを切り替える。一般社会で「嘘つきの嫌な奴」といわれたら最悪だが、サッカーの上での「嫌な奴」は最上級の褒め言葉だ。

佐藤にとっての今シーズン最後の公式戦となったクラブW杯の蔚山戦。この試合でも佐藤はその持ち味を最大限に発揮した。前半35分、森崎浩司のFKから1-1とする山岸智の同点ゴールを生み出したヘディングシュート。さらに後半11分、山岸の左サイドからのクロスに反応した2点目(ボールに触ったかは微妙だが)。そして後半27分の高萩洋次郎のパスを正確にゴールに突き刺した3点目。そのすべてがDFラインの裏に入り込み、ワンタッチでのシュートだった。恐るべき徹底。まさに剣豪のすごみだ。広島をキャプテンとして率いてのJ1初優勝。さらにMVP、得点王、ベストイレブンに加えフェアプレー賞と、今シーズンは獲得可能な個人表彰の4冠を史上初めて独占した。その意味で2012年というシーズンは、佐藤寿人の年だったことは間違いないだろう。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている