2012年の師走の日本柔道界には、最後の最後に差し込んだ明るい光とともに1年を終えられる、といった安堵のような空気が流れている。というのも、井上康生氏(東海大講師)が全日本男子の監督になってから、関係者のテンションが上がりっぱなしなのである。

「康生(年上からはほとんどこう呼ばれる)が監督をやるというなら全日本の仕事にぜひ関わりたいと思った」という人から「康生はまったく慇懃なところがないし、人を惹きつける魅力を持っている」という人まで。年齢、出身大学や所属などの枠を超えた、熱い期待が充満しているのだ。何かと派閥意識が強く、なんだかんだと徒党を組む傾向のある柔道界において、これほどボーダーレスな支持も珍しい。それほどの窮地であり、閉塞感があったとも言えるが、とにもかくにも、関係する人々のベクトルをポジティブな方向へと向かわせているのだから、「チーム康生」の船出としては上々といえる。

「井上康生」といえば、現役時代、2000年シドニー五輪の100キロ級でオール一本勝ちによる金メダルを獲得し、海外でも人気のあったスター選手だった。穏やかでのんびりとした性格はよく知られていて、老若男女に愛されるキャラクターは天性のもの。その上、東海大に入学時から、恩師である佐藤宣践、山下泰裕両氏らから、将来、日本柔道を背負って立つ人間になるための帝王学とも言うべきエリート教育を受け続けてきた。

かつて井上氏はこう語っていたことがある。「帝王学と言っても大学時代はわからないことも多かったけど、人の上に立つ人間とはどのような行動や言動を取るべきか、どのような人間になるべきか、ということをことあるごとに指導されていたんですよね」

1999年の世界選手権で優勝した大学3年のころ、メディアに向けて話す際の主語が突然「僕」から「私」になり、かしこまった言い回しをするようになって少々驚いたことがあったが、ちょうど「日本柔道を背負って立つ人間」としての自覚が芽生え始めた時期だったのだろう。まだ34歳と若く指導者としての実績がほとんどないため、その点について不安視する声も当然ある。しかし、全日本チームの監督に必要な資質が、まずは優秀なスタッフを集め、機能させる求心力とするなら、10年以上も前からリーダーとなるためのイロハをたたき込まれてきたことも併せ、いまの日本の柔道界を見渡してみて井上氏のほかに適任者はいないように思う。

重量級選手の人材不足や全体的な実力の落ち込みなど課題は山積だ。しかし、「チーム康生」とその周辺にはこうした困難を乗り越えるための連帯感が確かにあって、それはのちのちの何よりの強みとなるように思える。(スポーツライター・佐藤温夏)