スポーツの現場で、体重などで階級が分けられる競技なら別だが、体の小ささがアドバンテージになることは少ない。体を直接ぶつける競技ならなおさらだ。サイズを補う特別な武器を持っていない選手はたいていの場合、淘汰(とうた)される。記者自身も体が小さく、野球をしていたころは苦い思いをした。だからこそ小兵の奮闘には心を動かされ、いつの間にか応援していることがある。

大相撲の日馬富士は、新横綱として臨んだ九州場所で幕内最軽量の133キロだった。瞬発力や相手の動きに対する対応力といったアスリート的な資質に優れ、幕内の平均体重が160キロを超える土俵で大立ち回りする。

何よりの魅力は闘争心などの精神面の強さだ。稽古熱心は有名で、新弟子時代は何度負けてもかみつかんばかりの表情で「もういっちょ」と兄弟子たちに向かっていった。それが行きすぎ、品格面に疑問符が付く行動が多かったのも否定できない。巡業での若い力士に対する必要以上に厳しい稽古や駄目押しは、敬愛する元横綱朝青龍とのイメージが重なる部分もあった。

ときに、悪い方向へと出ていた負けん気の強さは、最高位に就くと同時に変わりつつある。昇進直後、母国モンゴルの知人に「日本のマスコミは俺のことを悪者にしようとしているでしょう。見ていてくださいよ」と語ったことがある。軽量のため成績に安定感を欠くこともあり、素行を含めて短命横綱になるのではないかという見方にあらがおうとしているのだ。

実際、新横綱のお披露目の場となった秋巡業では品格が疑われる言動は一切無かった。支度部屋での軽口も消え、公の発言には気を使うようになった。もともと、地位に対しての敬意は人一倍持っている。横綱や大関が芸能人に呼び捨てにされるバラエティー番組に不快感を隠さず、出演依頼も断った。「横綱は神様。少しでもいい横綱に近づけるように努力するしかない」という思いは真摯だ。

九州場所では終盤に5連敗を喫し、9勝6敗に終わった。新横綱の5連敗は、横綱が番付に登場した1890年5月以降で初めてという屈辱だ。名古屋場所と秋場所を全勝で制して昇進したものの、その前後は1桁勝利。成績のばらつきは昇進への懸念材料として当初から指摘されており、新横綱に厳しい視線が注がれるのも無理はない。

日馬富士には、それを反骨心の炎を燃やす糧にする気概がある。「今場所は素晴らしい経験になった。悔しい思いもしたけど、それも勉強。まだまだやらないといけないことがたくさんある。おれはこれからだ」。千秋楽の支度部屋で語る表情は喜々としていたようにも見えた。

「体の小さな力士や子どもに勇気を与える存在になりたい。自分も小さいのが嫌だった。でも今は、小さいからこそもっと感動させられることもあるとはずだと思っている。大きな力士に勝てば、すごい拍手が貰えるんだから」。昇進直後にそう話した小さな横綱から、目が離せない。

出嶋 剛(でじま・たけし)1980年生まれ、佐賀市出身。スポーツ紙で8年間勤務しサッカーなどを担当。2011年7月に共同通信に入社、大相撲とボクシングを担当。