メジャーリーグ挑戦を明言していた花巻東高の大谷翔平投手がどうやら日本ハム入りを決意したようだ。高校球界ビッグ2のもう一人、大阪桐蔭・藤浪晋太郎投手の阪神入団発表が行われた12月3日、日本ハムとの交渉に臨んだ大谷投手が今週中に意思表明することになった。交渉の席上、契約金や年俸、ダルビッシュ有投手がつけていた背番号「11」が提示されたというから、突っ込んだ話合いが行われており、入団は濃厚といっていいだろう。

▽日本球界を動かす!

高校から直接メジャーへ挑戦するパイオニアを公言した大谷投手の出現は日米野球の新時代到来を告げるものだった。それは日米間で実効性のある新人選手獲得協定がないなど危機感を持った日本プロ野球が、大リーグと移籍に関するポスティング(入札)制度の見直しを皮切りとして、様々な懸案事項の話し合いに進まざるを得なくなっていることを見ても分かる。WBCのお金の分配問題しかり、日本プロ野球コミッショナーのリーダー シップの欠如があちこちで問題を噴出させていて、ビジョンを示せないでいる日本球界を、この18歳が動かしたともいえる。

▽周囲の説得が功を奏す

大谷投手の揺れ動く心は理解できる。「米国に行く」とはっきり言ってしまった手前、いまさら日本球界に入ると言いづらいだろうし、非難の的になるのは目に見えている。そうした心情をはかり、米国行きに反対だった両親や高校の野球部監督は粘り強く「説得した」と思う。本人も日本ハム・栗山英樹監督から米国のプロ野球組織について聞いたりしたのだろう。大谷投手にとってメジャーは憧れではあっても、実態は知らない。2年前、メジャーを目指した西武・中島裕之選手と親が、代理人からとは別に、メジャーを取材する日本人記者から米国事情を聞いた。これは子が親を納得させようとしたものだった。

▽日ハム独特の戦略

日本ハムと大谷投手側の“出来レース"を疑う声は出てくるだろう。ただ、米国行きは他球団の指名妨害になったというのは当たらない。日本ハムはドラフト会議前に「大谷指名」を公にし、昨年の菅野智之投手(今年の巨人1位指名)に続いて、危険を覚悟で指名に踏み切った。その戦略に賛否はあるだろうが、2年前の沢村拓一投手(現巨人)を思い出してもらいたい。同投手の「希望球団以外なら米国野球に行く」との姿勢に巨人以外の多くの球団は手を引いた。2年連続10勝の戦力を逃したスカウトたちの敗北である

かつて西武が社会人野球入りを宣言していた工藤公康投手を2カ月以上にわたって調査し指名を強行し獲得、巨人入りが決定的だった松沼博久、雅之の兄弟投手の獲得に成功したのも、戦力として取りたい選手を最後の最後まで追い掛けていた結果だった。これぞプロ野球といいたい。日本ハムはすべてを数値化したやり方で球団を運営している。選手の能力を数値化した「ベースボール・オペレーション・システム(BOS)」で、これを新人選手にも当てはめているそうで、映画にまでなった「マネーボール」、つまりデータを中心に据えている球団である。斎藤祐樹投手獲得や菅野投手や大谷投手を1位指名した根拠にもなっているという。

▽映画「人生の特等席」

先日、「人生の特等席」という映画を見た。クリント・イーストウッドがメジャーの老スカウトを演じたもので、データ中心の「マネーボール」をスカウトの目が負かすという内容である。野球映画だが、実は心が離れたままの父と娘が一緒に選手探しをしながら絆を取り戻すという父娘の物語。球団の全米1位打者の獲得命令に、老スカウトが「カーブが打てない」と反対したが、球団が獲得する。しかし、娘が偶然に見つけた町中にいた無名の左腕投手が、テストでその打者をカーブできりきり舞いさせてハッピーエンド。この左腕を1979年に、すい星のようにドジャーズに現れ、活躍したメキシコ出身のバレンズエラ投手と重ね合わせるのは、私だけではないと思う。引用が長くなったが、スカウトの役割は大きいと言いたかったのである。

大谷投手は投手と打者のどちらで行こうとしているか迷っているそうだ。日本ハムは二刀流をバックアップするというが、どうだろうか。もし入団が決まれば、記者時代に見た「20勝20本塁打」を目指した新人選手のことを書いてみようと思う。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆