当然、選手たちの労を惜しまぬ献身的な働きは不可欠だ。それに多少の運が味方した瞬間に、新しい歴史は築かれていくのかなという思いだ。12日、パリ近郊のサンドニで行われた国際親善試合で、日本がフランスに敵地で1-0の勝利。内容はともかくとして、元世界王者に勝ったという事実は、日本のサッカー界すべてに大きな自信をもたらしたに違いない。

フランスを下すなんて、一昔前までは考えもつかなかったことだ。ある一定の年齢がいっている人は、11年前の強烈な印象を脳裏に刷り込まれているはずだ。トルシエ監督時代の0-5の大敗。日韓ワールドカップ(W杯)を翌年に控えた2001年3月24日の一戦は、見ている側からしても「日本とフランスは、違う種目を戦っているのではないか」というほどの実力差があった。考えてみれば、ジダンを中心としたあのチームは1998年のW杯に優勝し、2000年の欧州選手権も制覇。二つのタイトルを持つ、歴史に名を残す偉大なチームだった。

現在の日本代表の選手には、当時のことを鮮明に覚えている選手は、それほど多くはないだろうが、日本サッカーに記された歴史を通して、少なからず「フランス強いぞ」の漠然とした不安はあったのではないだろうか。11年前より間違いなく日本は選手個々、チームとしても進化し、逆に当時の主将だったデシャン監督が率いて4試合目のフランスは、チームとしては黄金期ほどの迫力はない。それでも日本が前半、フランスに一方的に押し込まれた。その原因は、普段の置かれているサッカー土壌の違いだろう。アジアでは日本は間違いなく主導権を握り、自陣に引きこもりがちな相手としか戦っていない。当然のごとくセンターバックやサイドバックの最終ラインの選手は、フリーでボールを持てるので、正確にパスをつなぐことができる。守備陣がボールを失わないということは、決定的なピンチになる回数も減る。世界基準に照らせば、普段楽をしている分、世界に出たときの日本は、アジアとは違う顔を見せなければならない難問を突きつけられる。

先発メンバーではベンゼマを除けば、スペシャルな選手はいないフランスだったが、規律を重んじるデシャンのチームらしかった。前線からの忠実な守備と、ボールを奪えば、「シャンパン・サッカー」ではないが、ボトルの底からわき上がる泡(選手)をシンプルに使う。前線に飛び出す選手に日本は手を焼き、相手のシュートに正確さがあったら、前半のうちに勝負はついていたかもしれない。

日本のザッケローニ監督が「前半はシャイだった」と語った攻撃面に関しては、気持ちの問題以前にフランスの出来がよかったからだと思う。日本がボールを奪っても、なかなか攻撃の糸口をつかめなかったのは選手のタイプの問題。香川真司、清武弘嗣と攻撃のキーマンとなる2列目の両サイドが、足下でボールを受けたがる選手なので、なかなかフランスの裏のスペースに飛び出せない。フリーランニングで裏に飛び出す岡崎慎司のようなタイプだったらまた展開も変わっていたのかもしれないが、いずれにしても香川、清武の両サイドが守備に追われて自陣に引き戻された状態では、ボールを奪っても相手ゴールまでの距離が長すぎた。

試合の展開に変化を与える要因となったのは、親善試合ということが大きく関係しているだろう。交代枠3人の公式戦とは違い、多くの選手を起用できる親善試合ではよくあることだが、メンバーを代えることでチームのバランスが崩れる。日本が後半に入ってチャンスを作り出したのは、その選手交代にも一因があったのだと思う。特にデシャン監督が後半から起用したバルブエナ、リベリーは攻撃では力を発揮するが、守備面においてはさぼり癖のある選手。フランスが前半から飛ばして、疲れが出てきたというのも当然あるが、前線からのプレッシャーが緩んだことで、日本は本来の集団でパスをつなぐサッカーで盛り返すことができた。

それにしても辛抱強く守って失点しなければ、何らかのご褒美があるものだ。後半43分の日本の決勝点は、教科書に載せたいほどの美しいカウンターからだった。GK川島永嗣のファインセーブからのフランスの左CK。このピンチを一瞬にしてチャンスに変えた。バルブエナのキックのこぼれ球への今野泰幸の反応の速さとドリブルの推進力は見事の一言。その今野も含め、日本は5人の選手が迷いなく相手ゴールを目指した。相手を十分に引きつけたタイミングで右に出されたパスを、長友佑都がダイレクトで放った中央へのピンポイントクロス。そのボールを右足インサイドで正確にゴールへ送り込んだ香川の冷静さ。インテル―マンチェスターUのラインでの決勝点など、一昔前では想像さえできなかった夢のゴールといえよう。

1998年、同じフランスで開催されたW杯に日本が初出場を飾ったときに「日本サッカーの歴史は変わった」と思ったものだが、その歴史は我々が思っている以上に急速に更新されていっているのだろう。この日、決勝点を決めた香川は「もっとやらなければいけないし、絶対にできるという自信を一人ひとりがつける必要がある」と語っていたが、普段、アジアレベルで物事を考えている人間が恥ずかしくなるほど、彼らは高い次元でサッカーというものを考えているのかもしれない。内容では劣勢だったかもしれないが、勝負では勝った。しかも敵地で。誰にも揺るがされることのない結果という事実は、更なる飛躍を遂げるための糧になったことは間違いない。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている