9月8日、プロ野球広島の本拠地マツダスタジアムの名所となりつつある外野指定席レフト後方壁面に、新たに記念のプレートが設置された。前田健が4月に達成したノーヒットノーランや米大リーグでも話題になった赤松の“スパイダーマンキャッチ"など、世間の注目を浴びた記録やプレーに並べて加えられたのは、河内貴哉が8月16日のヤクルト戦で救援して挙げた白星のプレートだった。単なる1勝ではない。2004年9月4日の中日戦以来、プロ野球では異例の約8年ぶりの勝利だった。このプレート設置に立ち会った河内は「本当にうれしい。光栄」と子どものような笑顔を見せた。

河内は東京・国学院久我山高から2000年にドラフト1位で広島に入団した。速球派の超高校級左腕として、近鉄、中日との3球団競合の末、抽選で当時の達川監督が引き当てた。ちなみに、喜んだ達川監督が胸元からたばこのラッキーストライクを取り出してテレビカメラに向かってアピールしたが、たばこということもあり球団にクレームの電話が殺到した一幕もあった。河内は1年目にプロ初勝利を挙げ、04年にはオールスターにも出場を果たすなど期待に応える活躍を見せたが、以降は不振や度重なる故障で白星から遠ざかった。

上手投げから横手投げに投球フォームを根本から変えたり、タイミングを微妙にずらしたりするなど試行錯誤したが好結果にはつながらなかった。08年には痛めていた左肩を手術し、09年のオフには戦力外通告を受けた。復活を期待した球団から育成選手として契約を結んでもらったが、表舞台に姿を見せることはなくなった。

再び1軍のマウンドで投げることを夢見て、必死にリハビリに取り組んだ。「回復力、筋力が弱いので、人一倍ケアしないといけない」と超音波やマッサージ、肩のためにできることは何でもした。ようやく思いが通じて今年5月に支配下登録され、中継ぎやワンポイント救援などを経て、「球団新記録 2903日ぶりの勝利」にたどり着いた。

1点ビハインドから八回に打線が逆転し、河内に白星が付いたこの試合について、野村監督は「みんな河内に勝たせたいという気持ちだったと思う」と振り返った。2シーズン右肩の故障に悩みながら、今季見事にカムバックした大竹は「間近でリハビリを見ていたが、河内さんは本当に努力していた。それがこういう結果となって表れて本当に良かった」と自身のことのように喜んだ。

かつて150キロをマークしていた球速は130キロ半ばまで落ちたが、変化球を軸に打たせて取る投球で左腕不足のチームで存在感を見せている。この復活は自身の努力のせいだけではないことを本人が一番分かっている。

「リハビリに付き合ってもらったトレーナーやコーチには本当に感謝している。嫁さんも手術から投げられるところまで支えてくれた」と口にする。再起を信じて辛抱強く契約し続けてくれた球団にも大きな恩がある。「仕事をせず、休んでいた分を取り返していきたい」とさらなる活躍を誓っている。

杉山勝則(すぎやま・かつのり)1984年生まれ。山口県周南市出身。2008年共同通信入社。本社運動部、大阪運動部を経て、10年末から広島支局で主にカープ担当。