2012年のモトGPは後半戦を迎えている。今季のフル参戦日本人選手は中排気量のモト2クラスに2名、小排気量のモト3クラスに1名という厳しい状況だが、第13戦サンマリノGPからモト2クラスにさらに1名が加わった。イタリア・ミザノサーキットで開催されたこのレースから最終戦までの終盤6戦を、小山知良が急きょ参戦することになったのだ。

現在29歳の小山は、2000年に全日本選手権125CCクラスで史上最年少チャンピオン(当時)を獲得し、2005年から2010年までモトGP125CCクラスに参戦。9戦で表彰台に立った。2011年は、スペイン選手権のモト2クラスと全日本選手権をかけもち参戦。2012年も引き続きスペイン選手権に参戦している。今回のレースでは、モトGPのテクノマグCIPチームに所属していた選手が前戦限りでチームを離れることになり、小山に白羽の矢が立った、というわけだ。

「もともと今回のレースは観戦に来る予定だったけれど、こういう展開になったので、カバンに詰めた海パンとビーチサンダルとサンオイルを、レザースーツに詰め替えてやってきました」と笑う。

ミザノサーキットでは、2010年のモト2クラス決勝レース中のアクシデントにより、当時テクノマグCIPに所属していた富沢祥也が死亡するという不幸な出来事が発生している。富沢逝去から一年後の2011年のサンマリノGPで、小山は負傷選手の代役として同チームから参戦した。今年もふたたび、同チームからの参戦となったことに数奇なものを感じる、と話す。

「2年連続同じサーキットで同じチームから参戦って、普通に考えるとあり得ない。しかも今年は最終戦まで走るわけだから、鳥肌が立ちましたよ。『マジかよ。祥也やってくれるなあ』って」

小山は参戦後の目標について、今大会からマシンの問題を洗い出してレースごとに少しずつ改善してゆき、自身のグランプリ初表彰台となった第17戦オーストラリアGPで「けじめをつける」、と設定した。今大会では可能ならまず20位を目指したい、と話したが、16日の決勝レースは21位。わずかながら目標には届かなかったが「難しいレースを走りきれたのは良かった。何度か転倒しそうになって、それを切りぬけるたびに『祥也、ありがとう』と心の中で思っていた。コーナー進入で無理ができない今のマシン特性を改善すれば、だいぶ良くなる。次のレースでは、もう少しいい順位を走れると思う」と、この日の展開を振り返った。

豊富な経験と技術をあわせ持ち、周囲を明るくする小山の参戦は、他の日本人選手たちにもいい刺激になるはずだ。「けじめ」に向けた計画が一筋縄では行かないことは、小山自身が一番よく心得ている。だからこそ、冷静かつ分析的な姿勢が彼のプロフェッショナルな雰囲気を醸し出すのだろう。(モータージャーナリスト・西村章)