ロンドン五輪での村田諒太(東洋大職)の48年ぶりの金メダル獲得で、初めてアマチュア・ボクシングの存在に注目した人もいることだろう。「村田効果」と呼ばせていただくなら、これもそうだ。村田がミドル級決勝戦のリングに登場した8月11日(現地時間)、当初の予定にない村田戦の模様を中継したNHKの画面は、いきおい直後のヘビー級決勝戦の試合も完全放映してくれたのだが、期せずしてカメラは、ある偉大な元ボクサーの現在を進行形でとらえていた。コーナーで指示を出すイタリア代表チーム監督、彼こそは同国アマ界の伝説的存在、「優しき巨人」フランチェスコ・ダミアニ氏その人だった。

今年6月11日、ハバナで60歳の生涯を終えた五輪3大会連続ヘビー級優勝者テオフィロ・ステベンソンン氏(キューバ)の訃報が世界中に報じられたが、同氏を語る上でもダミアニ氏の名前は絶対に外せない。1972年のミュンヘン、76年のモントリオール、そして80年のモスクワ五輪で相手を倒しまくって優勝したステベンソン氏。キューバが政治的理由からボイコットした84年のロス五輪に出場していれば、4大会連続の「金」も夢ではなかったと言われているが、現在の隔年開催と違い当時は五輪同様に4年に1度の開催だった世界選手権には、ステベンソン氏は4大会連続で出場している。

74年の第1回ハバナ大会と第2回ベオグラード大会、第4回リーノー大会でも当然のごとく優勝したのだが、82年5月の第3回ミュンヘン大会ではメダル圏内にも入れず敗れる大波乱があった。五輪及び世界選手権では無敗を誇ったステベンソン氏を,ダミアニ氏が明白な判定で破ったのだ。しかし、同大会決勝では、タイレル・ビッグス(米国)をグロッギーにしても、倒してもカウントされず、意外な判定負けに泣いている。

プロ転向後のダミアニ氏は、新設間もなく評価の定まらない頃のWBO認定世界王座を獲得したことで、逆に日本では過小評価されがちだが、その真価はワールドカップ優勝と欧州選手権優勝、ロス五輪準優勝等、数々の栄冠に輝いたアマ時代にある。北京五輪ではイタリア代表チーム監督として同国に金1個、銀1個、銅1個にもたらし、今回のロンドンでも銀2個、銅1個を堂々、持ち帰るなど今日では名指導者ぶりを発揮しているのだ。(草野克己)