遂にこの瞬間が訪れた。ロンドン五輪のボクシング競技、日本にとっては、44ぶりの銅メダル獲得と直後に続いた48年ぶりの金メダル、初の複数階級でのメダル獲得ともなった待望の瞬間だ。一方で、アマチュア・ボクシングを「お家芸」と自負していた米国にとって、1904年のセントルイス大会以来(不参加のモスクワ大会を除く)、常にいずれかの階級で獲得してきたメダルに、遂に手が届かなくなった悪夢のような瞬間だった。今大会から参加を認められた女子では、金1個、銅1個を獲得し、伝統的強豪国の矜持を保っているのはさすがなのだが。

84年のロス五輪での全12階級で11階級のメダル獲得、うち9個が金という「米国全盛期」と比較すれば、このロンドン大会のメダルなしという結果には隔世の感がある。地域予選導入後、一大会での五輪出場権獲得が最高で4人の日本に比べれば、米国は前回の北京五輪でのメダル獲得数が銅1個にとどまったことから危機を囁かれてはいても、ロンドンでは9階級で出場権を確保。ところが、準々決勝まで進めたのは、ウエルター級のエロル・スペンスのみ。直前の試合で敗戦の判定が誤審提訴によって覆り、地獄からの生還で進出したベスト8だったが、世界選手権の準優勝者アンドレイ・ザムコボイ(露)の技巧に敗れ、悪い予感は遂に現実のものとなった。

米国勢敗退、その理由を同国の報道の多くは、全米選手権での有効打と五輪独特の採点方式の乖離と見る。五輪採点方式の変更以降、それでも自国開催の96年のアトランタ大会では、金1個、そしてプロで今をときめくフロイド・メイウェザーを含む4人が銅メダルを手にしていたのだが・・・。ところで、このロンドン大会で、実は米国勢史上初となる快挙も達成されている。

オハイオ州出身の25歳の左腕のフライ級ラウシー・ウォーレンが、アテネ、北京に続く米国勢初の3大会連続出場を果たしたのだ。母国では早熟の天才を謳われ、世界選手権では優勝1回、銅メダル2回。紛れもない世界トップの実力者。ところが、五輪ではこれまで2大会連続で初戦敗退。そしてロンドンでは、わずか1ポイント差でノルディーヌ・ウバーリ(仏) に敗れ、またしても初戦に泣く。それは、あたかも五輪採点方式にもがく米国勢を象徴するかのような敗戦だった。(草野克己)