金と銀の違い以上に激しい、銅とメダルなしの落差。選手たちは、頭ではよく分かっていたのだろうが、体の反応は鈍かった。

10日に行われたロンドン五輪サッカー男子の3位決定戦。44年ぶりのメダル獲得に挑んだ日本代表が、五輪の大舞台でアジアのライバル韓国と対戦した。南アフリカで開催された2年前のワールドカップでも、日韓両国ともに決勝トーナメント進出を果たしていることを考えると、東アジアの両国のレベルは確実に上がっているのだろう。

お互いが、相手の特徴を知ったチーム同士の対戦。五輪後の移籍が決まっている選手も含め、5人のJリーガーを擁する韓国。ベルマーレ平塚、柏レイソルで5シーズンをプレーした監督の洪明甫は、元横浜F・マリノスで現在韓国五輪代表の池田誠剛フィジカルコーチと、よくJリーグを視察に来ていた。セレッソ大阪の試合では、日本の中心となる清武弘嗣、山口螢、扇原貴宏のプレーも目にしていたはず。その意味で日本が韓国を知る以上に、韓国が日本に対しての情報を数多く持つなかでの対戦だった。

韓国にとっての脅威。日本にとっての一番の武器は、永井謙佑の爆発的スピードと、好調な大津祐樹のシュート力。韓国は永井にスペースを与えず、大津に対しては執拗なほどのハードマークを見せた。その激しさは、前半だけで3人の選手が、大津に対してのファウルでイエローカードを受けるほどの徹底ぶりだった。

4バックの最終ラインと中盤の4人が、絶妙の距離感で守備網を張る。日本はこのエリアになかなか入り込めなかった。準決勝まで見せていた前線からのアグレッシブな守備も、さすがに中2日の6試合目ではエネルギーが枯渇。この日程では1次リーグで見せたサッカーを続けるのは無理。フィジカル面では、韓国のほうに分があった。

「気持ちを切り替えて、銅メダルを持ちかえりたい」。多くの選手がメキシコ戦の敗戦の後に語っていたが、一度途切れた緊張の糸は、そう簡単に戻らなかったように思える。それとも、この年代が常に世界への道を閉ざされてきた、ライバル韓国に対するコンプレックスか。今大会に入って素晴らしいパフォーマンスを発揮していたチームは、なぜか韓国戦では信じられないパスミスを連発。体だけでなく頭も疲れているのではないかとも思える判断ミスも多かった。

痛かったのは先制点を許したことだ。前半37分の扇原の右CK。酒井宏樹が惜しいヘディングシュートを放った直後のことだった。韓国陣内でDFがクリア。そのロングボールが偶然にも朴主水につながって、カウンターを許した。朴主水の攻撃を遅らせる鈴木大輔。その間に酒井宏樹と山口が守備に戻った。人数は揃っていただけに、冷静に対応すれば失点は防げたはずだ。しかし、許してしまった38分の先制点。それで動揺したのか、日本の守備陣は韓国の少ない人数での縦に抜け出る攻撃に振り回されるようになった。リードしたことで、韓国はさらに守備的になった。そして効果的に繰り出すカウンター。後半12分の2点目も、GKのパントから朴主水がヘッドで流し、具滋哲に抜け出されるという単純な形でやられた。鈴木がマークについてはいたが、残念ながら抑えることはできなかった。個の争いになったときに強さを見せたのは、韓国の方だった。

初戦で優勝候補のスペインを破り、快進撃を続けた日本。ロンドン五輪に記した足跡は称賛に値するだろう。ただ、チャンスがありながらメダルには手が届かなかったのも現実だ。その要因を考えたとき、戦い方の引き出しが少なかったのかなと感じる。自分たちのパターンにはまった展開では、最高の試合を見せた。逆に韓国戦のように自分たちのストロングポイントを消されたときには、打開策を持たなかった。このことに関しては、銀メダルを獲得したなでしこの方が、はるかに多くの戦い方のパターンを持っていた。

準決勝に進出した4チームのなかで、唯一メダルを獲得できなかった日本。その状況は北京五輪のなでしこと同じだ。しかし、原則23歳以下の男子サッカーの場合、4年後にこのチームは、なでしこと同じチャレンジをすることはできない。悔しさを晴らすのが可能なのは、フル代表でだけ。そして世界を舞台に戦えるのは、W杯しかないのだ。

「このチームで学んだことをフル代表で生かすしかない。この中から一人でも多くフル代表に上がらなければいけない」。すでにフル代表の守備の中心、今大会のキャプテンを務めた吉田麻也の言葉に、何人の選手が応えることができるだろうか。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている