夏の高校野球は49代表校が決まり、8月8日からの甲子園大会を待つばかりとなった。春夏連覇を狙う大阪桐蔭高や西東京大会決勝で劇的な逆転で出場を決めた昨夏優勝の日大三高、岩手大会決勝で敗れた花巻東高の大谷翔平投手が高校生最速となる160キロの速球を投げたといった話題など、高校野球の注目度は相変わらず高い。

▽光と影

高校野球は、光の部分ばかりではない。影の部分とでも言える多くの問題を抱えている。中でも深刻なのが暴力行為ではないだろうか。全国でのいじめ問題が多発しているが、昨年12月に甲子園常連校の青森山田高野球部で上級生に暴行された1年生部員がその後死亡する事件があった。暴行と死亡の因果関係をめぐって係争中である。上級生(自主退学)は書類送検されたが、亡くなった生徒の家族は「死亡事件を起こしながら夏の地方大会に出場するのは許せない」と憤っている。この2部員がともに大阪からの野球留学生であることもやるせない思いにさせられる。野球特待生問題は人数を制限することで歯止めをかけた格好だが、部員間のライバル意識や仲間意識の希薄さをどうカバーしていくかが、学校側に求められている。

▽後を絶たない暴力

日本高校野球連盟(高野連=加盟4071校)では、年間1000件にも上る不祥事を審査して日本学生野球協会に上申する。悪質なものは対外試合禁止や謹慎などの処分が下されるのだが、今年3月までの1年間で不祥事を起こし同協会審査室会議で処分されたのは90件あり、そのうち暴力行為でのものが72件に上っている。部員同士や指導者(監督や部長)による暴力である。ただ、処分されるのは悪質なもので実際の数はもっと多い。要するに暴力行為が半日常化していると言った方がいいのだ。

▽姿勢を示す絶好の舞台

高野連が出す「事業計画書」には、毎年のように「相変わらず指導者の暴力(体罰)が後を絶たない」「部員の部内暴力」を問題点として捉え、指導強化を求めている。「暴力のない高校野球を目指して」(平成17年8月27日通達)の主旨が現場では生かされていないと嘆いているが、有効な手を打てないでいる。そこで高野連の奥島孝康会長に提案したい。甲子園大会の開会式で全国の指導者や選手に向けて「暴力否定」を訴えてはどうか。晴れの舞台に場違いだといった意見は出るだろうが、高野連の強い姿勢を示す絶好の機会だと思うし、高校野球を教育の一環に位置付けているなら、なおさらである。

▽スポーツには楽しさが必要

そもそも、暴力を“放電"できる力を持つスポーツの特性からしても、そこで暴力がふるわれるのは本末転倒である。指導やしつけと称して、上級生が下級生に、指導者が部員にと、抵抗できない者に暴行が繰り返される。逆に、多くの監督が部員に手をあげずに指導していると思うが、そうした野球部では部員間に暴力事件が起こるはずはないだろう。げんこつが精神面強化に欠かせないとしたら、いま行われているロンドン五輪の勝者たちは皆、そうして鍛えられたとでも言うのだろうか。

大リーグでは相手ベンチや選手たちを野次ることはない。それは小さいころから相手を敬う訓練を受けているからである。スポーツ文化の違いを感じるが、野球に限らず最近の日本のスポーツ界も笑顔を見せ楽しくプレーする選手が増えてきた。引退した陸上の為末大氏はある紙上で「日本のスポーツ観はすぐ健全な心身の発育という話になるが、(スポーツの)根本には楽しさが必要だと、僕の競技人生からも実感している。スポーツは遊びと肯定できるようになった」と言っている。

▽松井選手の野球観

元中日監督の落合博満氏が東洋大学の野球部を辞めたのは部の古いタテ社会に嫌気がさしたからだった。現在、大リーグのレイズから戦力外通告され、引退のピンチに立たされている松井秀喜選手がかつて野球観を語った言葉を紹介したい。「たかが野球、されど野球だが、僕はもうすこし、たかが野球であってもいいかなと思う」。松井選手の母校、石川・星稜高の当時の監督は厳しさでは右に出る者がいないことで知られた人物だった。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆