ロンドン五輪の開幕が1カ月あまりに迫ってきた。スポーツ好きの読者の方でも、4年に1度のこの機会にしか目にしない競技も多いだろう。いわゆるマイナー競技の選手や関係者はそのことを自覚していて、五輪のメダル獲得を機に注目を浴びようと気合を入れている。

その中でバドミントンはここ数年、オグシオやスエマエの活躍によって愛好者以外にも一定の注目を集めるようになった競技だ。それでも扱われ方は、スポーツそのものをとらえる観点から逸脱した感じをぬぐい切れない。最もカメラに追いかけられてきたのが、競技としては一番注目度の低い混合ダブルスの潮田玲子だったことがその証左だろう。潮田は2009年から男子の池田信太郎と組んでロンドン五輪を目指し、4月末の世界ランキングにより、めでたく出場を決めた。

パートナーの池田も“イケメン"として知られ、ペア結成直後には「2人は付き合っているのか? 付き合っているんだろう?」と各方面から真顔で問い合わせを受けた。しかし池田はそういう目で見られることを極端に嫌っていた。だからこそ結成の発表までに婚約者との入籍を済ませたかったそうだが、諸事情で間に合わなかった。近くで見ていれば2人がそういう関係でないことは一目瞭然。アスリートとして純粋に世界へ挑戦している姿とは裏腹に、世間からの視線はあまり是正されなかった。

池田は「いくらおれが試合をつくっても『シオ、決めた!』って扱いになる。でもそれを気にしていたらやって来られなかったよね」と笑う。笑って受け流せたのは、実力で勝負という信念をぶれることなく持ち続けたからだろう。ほかの代表選手たちは、池田はバドミントンの研究に人一倍熱心で知識も豊富と口をそろえる。2007年の世界選手権で銅メダルを獲得したこともある男子ダブルスの名手ではあるが、混合はまた異なる動きが求められ、それを日夜研究していたのもまた彼を象徴するエピソードだろう。

バドミントンの五輪出場権争いは11年5月から12年4月の国際大会で得たポイントによって決まる1年がかり。その間に合宿や国内大会も消化しなければならず、選手は多忙を極めた。10年12月に長男が生まれたが「初めての寝返りもハイハイも全部あとで報告を聞いただけ。子どもの成長を感じられなかったのは寂しかった」という。31歳。家族との時間を犠牲にしてまで追い求めたロンドンの夢舞台だ。そこには奥さんも長男も観戦に訪れるそうで「年齢的にも最後になるだろうし、目標だったところでプレーしているところをしっかり目に焼き付けてほしい」と新米パパとしての巻き返しを誓う。

2人の世界ランキングは五輪出場が決まった5月3日付で11位だった。メダルを狙うには正直厳しい位置だ。それを自覚した上で、今持っている力をいかに出し切るかがテーマなのだという。「バドミントンという競技に注目してもらうには結果しかないから」。好奇の目にさらされ耐えてきた池田が言うからこそ、重みのある言葉だ。

森安楽人(もりやす・らくと) 2008年共同通信社入社。本社運動部、大阪運動部から大阪社会部。12年2月、大阪運動部に復帰し、バドミントンのほかJリーグの広島、ゴルフなどを担当。大阪府豊中市出身。