6月3日は、朝からテレビはサッカー特番一色。「今日はワールドカップ(W杯)決勝戦か?」と思わせるほどのテレビ局のあおり方だったが、終わってみれば2002年日韓W杯の記録をも上回る埼玉スタジアム史上最多の6万3551人の観客数。W杯アジア最終予選では、常に消化不良の試合を繰り返してきた日本代表の過去の歴史を考えれば、日曜日の夜を多くの日本人が幸せな気持ちで過ごせたのではないだろうか。

内容的にも負ける要素はなかった。奪った3得点は、一発芸のセットプレーからではなく、すべて美しいコンビネーションから生まれた。さらにオマーンGKハブシが再三のファインセーブを連発。イングランド・プレミアリーグのウィガンで活躍するアジア最高級の守護神が、スコアの上で一方的になりそうだった試合をぎりぎりで引き締め、日本が勝利を収めるという以外にも、サッカーの楽しさを伝えてくれた一戦だった。上を見たらきりはないが、最終予選の第一歩としては文句のつけようのない出来だったのではないだろうか。

ザッケローニ監督が「何人かの選手は緊張していた」というなかで生まれた最高の時間帯での先制点。チームの心理的足かせを解きほどいた前半11分のゴールは、まるでテレビゲームのようだった。今野のインターセプトを起点にして始まった左サイドでの3本のパス。前田、香川、長友とつながったそのすべてがダイレクトで、これはオマーン守備陣だけでなく、さらにレベルの高いチームの守備陣も翻弄できるだろう。そしてペナルティーエリアの外、ゴールまで25メートルの位置からすでにフィニッシュをイメージしてボールを要求した本田の先を見通す目と、走り込む背番号4にピンポイントで合わせる長友の正確な左足のクロス。それをインステップの点ではなく、インサイドの面で合わせた本田のキックの選択の正しさ。まさに完璧といったところだろう。

2011年1月のアジアカップ。日本はチャンピオンに輝いた。そのチームに凄みがあったかというと、そこまでは言い切れない。ところがこの日のチームには有無を言わせぬ凄みがあった。特にトップ下の本田が左サイドに寄って、香川、長友とともに形成されたトライアングルは、正直アジアのレベルでお目にかかったことはなかった。この三角形は、間違いなくアジア史上最高だろう。

4年前の最終予選では海外組はわずか4人。しかし、今回は飛躍的に増えて11人。先発には8人の欧州組が名を連ねた。そのなかでもインテル・ミラノ(イタリア)の長友、ドルトムント(ドイツ)でチームの中心として2冠を達成した香川、CSKAモスクワ(ロシア)の本田は日本代表のなかでも別格だった。彼らの攻守にわたる活躍を見て、「黄金の」という響きを思い出した人も少なくはなかったのではないだろうか。

一方的な試合だったので、攻撃面でのよさが目立ったのは当たり前だが、この3人の凄さはボールを失った局面からの切り替えの早さだ。その典型的な場面が前半31分にあった。左サイドにいた本田に対して中央にいた岡崎のパスが少し流れ、サレハにカットされる。次の瞬間、香川はすぐに縦のパスコースを切り、本田はサレハに対して体を入れてアタック。こぼれ球を長友が素早く奪うと本田との壁パスを使って左サイドを突破してクロスを送った。フリーの岡崎が決めなければならない決定的ヘッドを右に外したが、守から攻が一瞬にして入れ替わるサッカーの醍醐味を十分に堪能させてくれる、個人の技術と判断力がハーモニーを奏でた一場面だった。

ボールを自らが持って自分の間合いで仕掛ける香川や本田では分かりにくいかもしれないが、長友のプレーを見ていると、いかに彼が普段高いレベルでの試合や練習を積んでいるかがよく分かる。その最たるものがパスのスピードだ。この試合でも何人かの選手が長友のパスをコントロールミスしていたが、その強いパスを出し続ける長友を見ていると、インテルではそれが普通なのだと予測できる。そしてサッカーだけには限らないが、スポーツというものは最初は難しいと思っているプレーが普通になることで、個人とチームのレベルは一段高いところにいくのだなということが理解できた。その意味で日本がW杯本大会で上位に入るためには、海外のトップレベルのリーグ、それも優勝を争うチームで数多くの選手が活躍しなければ難しいのではないかなとも思える。

90分間のほとんどを満足した試合だったが、一つだけ気に入らない場面があった。それは前半37分に内田が、ハドリにボールを奪われた場面だった。内田はこの直後にファウルをアピールしてプレーをやめたが、小学生のころからレフェリーの判定が変わらないのは身に染みて分かっているはず。それなのに、なぜこんな行動に出たかが理解できない。結果的に相手のスルーパスはタイミングが合わなかったからよかったが、少なくとも日本代表のなかにも「なんでプレーをやめるんだ」と怒りを覚えた選手はいたはずだ。

オマーンは3次予選で格上のオーストラリアにアウェーで0-3の完敗を喫したが、ホームでは1-0で勝っている。オマーンの記者のその再現は可能かとの質問に、ルグエン監督は「ミラクルはそう起こることではない」と答えたが、少なくともこの日の内田のセルフジャッジによるプレー停止は、ミラクルが起きる一因となりかねない。なにも日本国民のために戦えとは言っていない。ただ内田には自分と、自分を代表に呼んでくれる監督やスタッフ、そして同じ目標に向かって突き進む仲間たちのために試合終了のホイッスルが鳴るまで、集中力を保ってほしい。それが代表チームのユニホームを着る選手の最低限の役目だと思う。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている