サッカーの欧州チャンピオンズリーグ準決勝の組み合わせが決まったとき、多くのファンは思ったのではないだろうか。5月19日にドイツ・ミュンヘンのフスバル・アレーナで行われる決勝は「エル・クラシコ」であればいいと。同じ90分間の試合を見るなら、かなりの偏屈なサッカーファン以外は、攻撃的でスリリングな内容のゲームのほうが楽しいと思うのが普通だろう。そして準決勝に進出したなかの2チーム、バルセロナとレアル・マドリードのスペインが誇る両巨頭は、こと攻撃的サッカーという意味では世界でも突出している存在であることは誰もが認めるところだ。

ところが、ホーム・アンド・アウェーの準決勝が終わってみると決勝に勝ち残ったのは、予想の真逆をいくチェルシー(イングランド)とバイエルン・ミュンヘン。スペイン人に占拠されるはずだったミュンヘンの街は、ドイツ人とイングランド人というビール好きの、いかついサポーターが集う場になりそうだ。

いまやワールドカップを上回るレベルで展開される欧州チャンピオンズリーグ。ベスト4ぐらいになると、どんなに前評判が劣勢でも、勝利の糸口を見事に探し出すものだなと感心させられた。われわれが普段知っているサッカーが展開されたBミュンヘンとRマドリードのカードはともかくとして、一方的ないたぶりを得意とするバルセロナに挑んだチェルシーの戦いぶりは興味深かった。

バルセロナを相手にチェルシーが選んだ戦術は、攻守のバランスという意味では「守ってばかり」とつまらなく感じた人もいるかもしれない。反面、守備戦術の徹底と集中力の高さという面にスポットを当てれば芸術的とさえいえた。スタンフォードブリッジで行われた4月18日の第1戦。ホームでありながら、ゲームの主導権は初めからバルセロナに明け渡す。ただ、守備の主導権だけは譲らない。ペナルティーエリアの5~10メートル前に敷かれる最終ライン。2センターバックのテリーの相手を潰す力と、ケーヒルのカバーする読みの良さは抜群。アシュリー・コールとイバノビッチの両サイドバックの寄せの速さも、いわゆる「弾む」躍動感を醸し出す。

MF陣はその5メートル前に「ここからは絶対に入れないぞ」というブロックを築く。攻める気満々なのは、1トップのドログバだけだ。あとのフィールドプレーヤーはひたすらボールを狩ることだけを目的とした働き蜂に徹する。カンプノウで行われた4月24日の第2戦は早々にケーヒルが負傷交代、テリーが愚かなひざ蹴りで一発退場。ディマテオ監督代行が「10人で戦うことは考えていなかった」というように当初のゲームプランは大幅に狂った。それでもこの圧倒的不利な状態を耐え抜き、チェルシーのイレブンは「世紀の番狂わせ」に限りなく近い離れ業をやってのけた。

確かに運があったことは誰もが認めるだろう。とはいうものの、あのバルセロナを相手に2戦して、負けなしの1勝1分け。おそらくブラジル代表がフルメンバーを揃えても、この結果を収めるのはそう容易なことではないだろう。

「キーマンとなったのは?」と問われれば、全員だろう。そのなかでも90分間のほとんどを守備に専念しながらも、第1戦の決勝点、さらに第2戦の値千金のラミレスのアウェーゴールを生み出したランパードのパス出しの感覚には恐れ入る。さらに第1戦でドログバの決勝点を非常に窮屈そうな体勢からのクロスでアシストし、さらに第2戦の前半ロスタイムに事実上の決勝点ともいえる芸術的なループシュートを放ったラミレスは、この準決勝2試合の活躍で世界の誰もが知る存在となった。しかし、この2人の活躍は、試合の流れによって生み出されたものであって、試合前から計算できたものではない。その意味でチェルシーがバルセロナ戦で、唯一勝てる戦術としてディマテオ監督代行が採用した「堅守速攻」。これを可能にしたのはチェフという世界でも最高レベルのGKが存在したからだろう。

チェフが失点を許す場面。それはほとんどが、相手のコンビネーションによって振られたり、1対1となって動かされたりしたときに限る。それもごく稀にしかない。いわゆる両脚に均等に体重を乗せ、シュートコースを限定した、GKにとってのいい体勢のときには、かなりの至近距離からシュートを打たれてもいとも簡単にボールをさばいてしまう。

第1戦の終了間際のペドロのシュート。さらに第2戦の終盤のメッシのシュートはポストを直撃した。見る方からすれば「惜しい」と思われるビッグチャンスにも見えるが、実はこのレベルのGKは「入らない」という確信を持ってプレーしていることが多い。

欧州のトップクラブのGKの練習を見ていると、このような場面に出くわすことがある。「バー!」「ポスト!」「外!」―。GKが飛んでくるシュートのコースを声でジャッジしているのだ。トッププロとしてプレーしているGKがする判断は、当然のことだが正確。「ポスト!」といえばボールは幅12センチのポストに、ほぼ間違いなく当たるのだ。チェフがバルセロナ戦での2本のポスト直撃の直前に、辛うじてセービングしながら手の指先で切った失点に至るはずだったシュートコース。最悪の状況のなかの最高のプレーは、チェフからすればポストをも味方につける守備戦術だったのかもしれない。おそらくあのプレーは、偶然ではなかったはずだ。それを痛いほど感じていたのがメッシだったのではなかろうか。ネットを揺らしていれば、それで勝敗は決したであろう後半の立ち上がりのPKのチャンス。3年連続のバロンドールを受賞した男の11メートル前に立ちはだかったのがチェフだった。自らがフェイントをかけ、そして静止した196センチの巨体。シュートはチェフの左手の上を通過しバーを直撃した。もしゴール枠に入っていたならチェフの左手が叩き落としそうなコースだった。

黒いヘッドギアをした絶対的守護神のプレー。さらに最強バルセロナを葬ったタフな男たちの戦いぶり。世界中が驚いた戦いを振り返ってみると、チェルシーの戦術の中心にいたのは「チェフ」だったのかなと思ってしまう。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている