前年のプレ大会期間を含め、日本のサッカーがプロ化に大きく舵を切った時期。それ以前は、スポーツ新聞でさえ写真もないベタ記事しか書かせてもらえなかった者からすれば、1993年のJリーグの発足は、まるで夢のような出来事だった。あれから20年目のシーズンを迎え、Jリーグは、当然のように日常の話題のなかにある時代になった。

プロリーグ発足当初の高揚感のようなものは、僕のなかからは消え去った。それは多くの人にいえるのではないだろうか。しかし、一見当たり前であることの平凡さは、ある意味で大事なことなのかもしれない。日の当らない時代からサッカーに携わってきた者たちは、大きな流れでいえば、毎週末テレビをつければボールを蹴っている画面が映し出される、いまのような状況が来ることを求めていたのだろう。あっという間に過ぎ去ったような感覚にとらわれる20年。昔は20年の歳月というと、とても重みのあるように思えた。

僕がサッカー専門誌の記者をしていた1982年の晩夏、当時の西ドイツ・ブンデスリーガは20年目のシーズンを迎えた。開幕前、編集部に一冊の洋書が送られてきた。ドイツ最大のサッカー専門誌『キッカー』のブンデスリーガ選手名鑑だ。シーズン開幕の直前に行われたワールドカップ(W杯)スペイン大会でも西ドイツ代表は準優勝。当時のブンデスリーガは、世界で最高のリーグといわれていた。その選手名鑑のページをめくると、新シーズンのメンバーとともに紹介されていたのが、クラブが過去に排出したスタープレーヤーたちだった。いわゆる「クラブ・レジェンド」。クラブの伝説のプレーヤーが、誇らしげにページを飾っていた。

確かに西ドイツのサッカーは、全国リーグが発足してから20年目を迎えたのであって、各クラブはもちろんそれ以上の歴史を持っている。しかし、ページに登場するフランツ・ベッケンバウアーやゲルト・ミュラー、ボルフガング・オベラート、ウーベ・ゼーラーの写真を見ていると「20年の歴史というものは、すごい選手を生み出すものだな」と妙に感心したのを覚えている。

振り返って足元を見直す。我がJリーグにはクラブ・レジェンドと呼べる選手が、何人いるのだろうか。同じ20年が過ぎているのに。いわゆる「ミスター○○」と呼ばれた選手も、その引退クラブを見ると、「ミスター」と呼ばれたクラブでないことがほとんどだ。といより、一つのクラブで引退を飾った「ミスター」は、僕のあやふやな記憶のなかでは、浦和レッズの福田正博さんぐらいしか思いつかない。ヴェルディ川崎のラモス瑠偉さんにしても、横浜F・マリノスの井原正巳さん、さらにまだ驚異の現役の2人、ヴェルディのカズ(三浦知良/横浜FC)とジュビロ磐田のゴンこと中山雅史(コンサドーレ札幌)などは、本来ならばクラブ側が最大限の敬意を払わなければならないレジェンドのはずだ。

どんなにすごいスーパースターも、確実に衰える。ただそういう特別な存在を、衰えや金銭的な面だけの理由で、そう簡単に切り捨ててしまっていいのだろうか。スター選手のプライドを損ねないような、金銭面の折り合いをつけた交渉。クラブ・レジェンドを気持ちよく自クラブで引退させてやるという心遣いが、残念ながらJクラブのフロントにはかなり欠けているように思える。

昨年、松本山雅の練習中に不幸にも命を落とした松田直樹さん。彼の2010年シーズン最後のホームゲーム、日産スタジアムでゴール裏のサポーターに訴えかけた言葉が、まだ耳に残る。「俺、マジでサッカー好きなんですよ」。僕にはこうも聞こえた。「俺、マジでマリノス好きなんですよ」―。16年間、トリコロール一筋。彼は誰ひとり疑うことのないマリノスのクラブ・レジェンドで、もし日本のサッカー文化が、1982年のブンデスリーガの域に達していれば、間違いなくあのような心に突き刺さる悲痛な訴えをサポーターに投げかけることはなかっただろう。

サッカーという確立された文化のある欧州と、サッカーを文化の一部に取り込もうとする日本。プロフェッショナルというドライな契約関係にありながらも、欧州のほうがまだ人間的な温か味が感じられる。クラブの選手に対するリスペクトの度合いが違うのだ。それは公式サイトにアクセスするだけでも垣間見える。

残念ながらJクラブのホームページには見当たらないが、欧州のクラブの公式サイトのほとんどには「クラブ・レジェンド」の項目がある。レアル・マドリードの最近のメンバーでいえば、ジダンやロナウド、ベッカム、ラウルら銀河系軍団のメンバーは当然。そのなかにあって超一等星ではなかったかもしれないが間違いなく一等星であった、まだ35歳のグティの名前もある。さらにマンチェスター・ユナイテッドの場合は現役のギグスやスコールズも登場。彼らもまた、オールドトラフォードではすでに「伝説」なのだ。

クラブが選手を商品ではなく人間として大切に扱えば、サポーターもまた自クラブを尊敬できる存在として誇りに思う。20年目を迎えたJリーグ。各クラブはそろそろ、胸を張ってクラブ・レジェンドと呼べる存在を輩出しなければならない。サッカーを文化にしたいのなら、まずそれが第一歩だ。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている