自宅近くの野球場で数校の中学野球部が集まって試合をやっていた。選手たちの元気なプレーに春を実感できたのだが、「去年はこんな余裕はなかったなあ」と思いながら、ぼんやりとした時間を過ごした。東日本大震災から1年。昨年はすったもんだしたプロ野球も、今年は3月30日にセ、パ両リーグが同時開幕した。

▽「マネーボール」とイチロー

プロ野球に先駆けて、大リーグが同28、29日に4年ぶりとなる日本での開幕戦を東京ドームで開催したので、イチロー選手を見てきた。映画化された「マネーボール」のモデルとなったビリー・ビーンGMのアスレチックスとイチローのマリナーズの対戦に両日とも観衆は4万人を超えた。松井秀喜選手がアスレチックスに残留していればもっと盛り上がっただろう、などと思いながら国際色豊かなスタンドで観戦したが、イチローの存在感は際立っていて、日本での開幕戦は成功したと思う。韓国、台湾、中国などアジア進出をもくろむ大リーグ関係者はさまざまなヒントを得たに違いない。

▽頼れる三番打者

今季から三番に座るイチローは開幕戦でいきなり4安打1打点。スタンスを広めに取り、右足を踏み出す幅を少なくした新しい打撃フォームは、かつての「振り子打法」とは対照的だが、右足の踏み込みが十分で、低めの変化球や外角球にも対応できると思った。勝負強さは相変わらずで、延長十一回の第5打席で貴重な追加点をたたき出した。この打席ではカウント1-1からの甘いストライクを見逃して一塁走者の二盗をアシストし、この後に中前へ適時打を放った。日本への凱旋試合であり、また三番打者という二重のプレッシャーの中で勝利にも貢献できた。「格好はついたかな」と語ったところに、満足感がにじみ出ていた。2連戦は1勝1敗。内野手の守備の素晴らしさを除けば、両チームからは昔のような圧倒される「大リーグの力」は感じられなかったが、小細工をせず、投手と打者がぶつかり合うスピーディーな展開は面白く、私は好きだ。

▽注目されるイチローの今オフ

大リーグで12年目を迎えるイチローは、今季でマリナーズとの5年契約が切れる。現在38歳。メジャーでも数々の記録を樹立してきたイチローだが、今年は勝負のシーズンになるだろう。彼の頭には「ワールドシリーズ出場」があるに違いなく、それがマリナーズで実現できなければ、他球団に活躍の場を求めることは考えられる。シーズン中から水面下では激しい争奪戦が繰り広げられることだろう。

3月に出版された清武英利元巨人球団代表の「巨魁」に、イチローに関しての面白い記述があった。清武氏は巨人のワンマン、渡辺恒雄球団会長を告発して一躍有名になった人物だが、球団代表時代の2007年に、マリナーズとの7年契約が切れるイチローの獲得を渡辺会長に相談するくだりが出てくる。巨人が想定したのは5年契約で総額100億円ぐらいだった。結局、マリナーズはそれを上回る総額122億円で新たに5年契約を結んだ。「高い金を出せるのはヤンキースだけ」という渡辺会長の想像をも上回った大リーグの資金力に、清武氏は驚かされ、そして胸をなで下ろしたそうだ。

▽WBCを楽しみに

果たして、今の日本球界にイチロー獲得を視野に入れている球団はあるのだろうか。巨人、かつての西武、今ならソフトバンクあたりが思い浮かぶが、さてどうだろう。米国本土での大リーグ開幕は4月5日(日本時間)となるが、まだ松井の去就は決まっていない。阪神からヤンキースに行った井川慶投手が6年ぶりに日本球界に復帰、オリックスに入った。ここ数年、日本復帰組も増えていて、日本人選手の大リーグ挑戦も新しい段階にあるようだ。まあ、今のところイチローが日本のユニホームを着るのは、来年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)しかないだろうけど。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸男」(共著)等を執筆