立ち技も寝技もできるけれど、これといって飛び抜けたもののない人。

柔道男子90キロ級の西山将士(新日鉄)のことを以前はそんなふうに遠巻きに眺めていた。けれど、今年に入ってじっくり話を聞いてみてその浅慮が恥ずかしくなった。

飛び抜けているどころか、ありきたりの価値観から解き放たれているようなかなり自由な着想の人だったからだ。例えばロンドン五輪についてはこんな感じ。

「目指していないというとネガティブに聞こえるかもしれないけど、僕の中ではすでに五輪は終わってる」

現在、世界ランク3位の選手にしては信じられないような後ろ向きの姿勢なのだけれど、理由を聞けば納得もできる。西山は昨年の世界選手権代表になれなかった。過去の例に照らせば、五輪前年に世界の舞台を踏んでいない選手が、五輪代表になるのは極めて難しい。だから「ふつうに考えて終わってる」というのだ。

確かにふつうであればそうだったかもしれない。けれども、現実はその仮定を軽々と乗り越えてしまった。西山は昨年11月から国内外の大会で4連勝。そのうちの一つでは、世界選手権2連覇中のギリシャ人選手を倒したこともあり、いまや五輪代表候補として外せない存在となっているからだ。

五輪への思いを断ち切ったら、五輪のほうから近づいてきたー。まるで恋愛のかけひきのようだが、実際、西山は恋い焦がれた相手に振り向いてもらえるだけの変身を遂げている。以前は技が単発になりがちで試合の流れがぶつぶつ途切れることが多かったのが、組み勝つことが増えて技と技がつながり、柔道そのものに柔軟性が生まれている。

「柔道人生も終わったと思ってがむしゃらにトレーニングするようになったら、昔より遙かにやりたい練習ができるようになって、身体がうまく使えるようになってきた。大外刈りから足技へつなげたり、技のコンビネーションがよくなってきていると思う」

練習が充実し、結果も出て、身体の使い方に発見もある。選手としてこれ以上ない最高の時期を迎えていると言えると思うのだが、何しろ「五輪出場を狙っていない」と表明している五輪代表候補である。5月の代表最終選考会に向けての心持ちを尋ねられると迷わず言った。

「バカみたいな試合をします」

ん? バカみたい? いったいどんな?

「先のことをまったく考えない試合。試合に出るからにはその日を精一杯やって濃い1日を終えたいという意味です」

そうして濃い1日が終わったら、いつの間にかロンドン行きのきっぷを握っていた----きっとそれが西山の理想の1日だ。(スポーツライター・佐藤温夏)