サッカーはチームスポーツなので、勝利を収めたら、チーム全体が称賛されるのが道理だろう。とはいいながらも、やはりそこには特筆すべき働きをした個人が存在することが多い。

2月5日、日本はシリアに1-2で敗れ、ロンドン五輪アジア最終予選C組で2位に後退した。その時点で首位シリアとは勝ち点、得失点差が並び、総得点で1少ないことで、2月22日に敵地クアラルンプールで行われた第5戦のマレーシア戦は、勝つことは当然だが、いかに多く得点するかが焦点だった。

高温多湿という以外は、日本にとって好都合の環境だった。最終予選4戦全敗のマレーシアは、五輪出場の可能性が閉ざされたことに加え、地元での試合。実力が明らかに劣るチームは、本来ならば守備を固めるはずだが、地元の観客の前でゴール前に籠城して惨めに死を待つよりは、思い切って攻めに出て討ち死にしたほうが潔いとばかりに、次につながるという姿勢を示してきた。マレーシアが攻めに出れば日本の使えるスペースは多くなる。これは、大量点を狙う日本にとっては望むところといえた。

時差の関係でマレーシア戦の後に行われるバーレーン―シリア、さらに最終戦のことを考えると、日本としてはいくらでも点が欲しい。しかし、見た目では日本が支配している試合のなかで、理想とは裏腹に、1点目がなかなか決まらない。そう思ってイライラした人も多いのではないだろうか。そんな煮え切らない気持ちを払拭してくれたのは、得点量産を期待されて久しぶりにU-23日本代表に招集されたA代表経験者の原口元気(浦和)でもなければ、斎藤学(横浜M)でもない。右サイドバックの酒井宏樹(柏)だった。35分、東慶悟(大宮)からの縦パスが入る。それを受けた原口だったが、相手DFに体を寄せられてシュートにいけない。次の瞬間、ボールが右に少し大きく出たところに走り込んだのが酒井だった。

「点が取りたかった。詰めていたらこぼれてきた」。第1戦も含め、ここまで数々の好セーブを見せてきたGKチェマト。そのニアサイドを右足のインサイドキックで正確に射抜く値千金の先制点。シュート場面での酒井の冷静さは、後半20分にこぼれ球を力任せに打って右サイドネット外側に外した東の右足シュートとは対照的だった。

終わってみれば4-0の勝利。試合が終わった時点では当面のライバルだったシリアの試合が始まっていなかったので、このスコアには賛否両論があるだろう。新しくチームに呼んだ原口、斎藤、そして最終予選では無得点だった1トップの大迫勇也(鹿島)がそれぞれ得点。関塚隆監督の新アタッカー陣の狙いは当たったと見る向きもあるだろう。ところが、ゴールの内容を見てみると、新しい攻撃陣が機能して奪った得点とは必ずしもいえない。さらに恐ろしいことに酒井という「個」の存在がなかったら、結果はまったく違ったものになっていたかもしれないのだ。

重苦しい雰囲気から日本を解放した先制点に続き、この日の酒井は3点に絡んでいる。前半終了間際のセットプレーからの大迫のヘディングシュート。扇原貴宏(C大阪)のFKを得たのは酒井だ。さらに後半10分の原口のダイレクトシュートも、右サイドを突破した酒井のピンポイントクロスから生まれている。それを考えると、この日のMVPは間違いなく酒井であり、逆に彼がいなかったら大苦戦になっていた。シリアがバーレーンに1-2で敗れたからいいけれど、結果によっては、重苦しい雰囲気で今日一日を送らなければいけなくなっていたかもしれない。

中田英寿や小野伸二、中村俊輔と、少し前まで日本のストロングポイントといったらMFだった。ところがここのところ、数は少ないとはいえサイドバックで世界に通用する人材が生まれてきた。インテル・ミラノの長友佑都、シャルケの内田篤人。欧州のトップリーグで活躍する人材に酒井も間もなく肩を並べる日もそう遠くはないだろう。

1990年代、身長185センチのパオロ・マルディニがACミランやイタリア代表で左サイドバックをやっていたころ、「なんであんなにタッパ(背丈)があるのにセンターバックじゃないんだろう」と思ったことがあった。一昔前の日本の感覚でいったら183センチの酒井もセンターバックだろう。特に日本人は身長の高い選手が少ないのだから。しかし、酒井のプレーを見ていると、こういう体格を持っている選手がサイドバックをやるからこそ相手は怖いだろうと思う。

大きなストライドを生かしたスプリント力。さらに日本の教科書には載っていない(海外では結構いるが)独特のキックの仕方。日本人はクロスを上げるときにインフロントに引掛ける選手が多いが、酒井の場合、走るフォームを崩さずに、インサイドの側面でボールをこすりつけるようにしてボールを押し出す。この技術があれば、いわゆる日本の教科書にある「腰を回す」という動作も最小限になり、スピードを落とさないまま速いクロスを送ることもできる。当然、DFの対応も遅れるので、ボールが相手にカットされることも少なくなる。

約20年前、トヨタカップ(クラブワールドカップの前身)でサンパウロFCを率いて来日した元ブラジル代表の名将テレ・サンタナがこう語っていた。「モダンサッカーで最も重要なポジションはサイドバック。このポジションは優れたフットボーラーであるだけでなく、トップアスリートでなければいけない」

あのときのサンパウロには、1994年ワールドカップ(W杯)米国大会で優勝を飾った代表チームの左右のサイドバック、レオナルドとカフーがいた。1970年W杯メキシコ大会。イタリアとの決勝でゴールを決めたブラジル代表の主将カルロス・アルベルトはいたが、サイドバックは守備の職人というのが常識だった。その概念を変えたのが4年後の西ドイツ大会でウイング顔負けの攻撃参加を繰り返し、世界の注目を浴びた同じブラジルのフランシスコ・マリーニョだった。以来、サイドバックは守備とともに攻撃力も求められるポジションになった。

そして2010年代。欧州のリーグを見ていると、サイドバックの攻撃はクロスだけでなくゴールも求められるようになった。圧倒的なポゼッションを誇るバルセロナのダニエウ・アウベスのポジション取りは異常だが、インテルのマイコンや、ユベントスに加入直後のイタリア杯準決勝でACミランから2得点したマルティン・カセレス。彼らはサイドバックでありながらストライカー並のシュート技術を持っている。数年後、酒井もそんな選手になっているかもしれない。成長著しい若者を見ていると、そんな希望がわいてくる。たぶんその時、彼はJリーグにはいないと思うけれど…。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている