近年の世界の柔道は「足技を使えてナンボ」。パワー自慢の組み手争いがますます幅をきかせているから、上半身は攻めも守るも常にガチガチ状態。だから、そのぶんおろそかになりがちな足技を使えるかどうかは、世界で勝つためのバロメーターとも言える大切な条件となっている。

ある日の全日本女子強化合宿中、杉本美香(コマツ)と薪谷翠コーチ(ミキハウス)が、組み合いながら足技の稽古をしている姿が見られた。杉本は内股や払い腰といった投げ技を得意としているが、2010年の世界選手権78キロ超級と無差別級で2冠に輝いてからというもの、世界のマークが厳しくなって技がかかりにくくなっている。その対策として小外刈りやつばめ返しといった足技の名手だった薪谷さんに足技を伝授されていたのだった。

器用な杉本はもともと足技から試合を組み立てられるが、「重心のかけ方やタイミングを学ぶところがいっぱいある」と言う。世界にぞろぞろいる180センチ、150キロをゆうに超えるライバルたち、特に日本の宿敵・中国人選手を倒すためには足技のブラッシュアップは必要にして不可欠。攻めのアプローチは広いほどいい。杉本は166センチ、薪谷は163センチでともに100キロ以下とこのクラスでは小柄で体型も似ているから、なおさらコツは理解しやすい…。と、足技談義に花を咲かせていたら、ひょんなところに話題が飛んだ。

聞けば、杉本は筑波大の出身だが、進学したのは「高校時代から憧れていた薪谷さんが通っていたから」だったとか。しかも、最初の下宿先は薪谷さんが直前まで住んでいたアパートで、家電も家具もそっくりそのまま譲り受け「ミドリちゃんルーム」に住んでいたことがあるというのだ。薪谷さんは関係者から親しみを込めてミドリちゃんと呼ばれている。

「薪谷先輩のスピードと闘志たっぷりの柔道をずっと尊敬していました。もちろん先輩はコーチになってからも言いにくいことを言ってくれる。精神面でもフォローしてくれる大切な存在です」

こうなったら杉本には家財一式だけでなく、「ミドリちゃんの足技」の継承者となり、憧れの先輩が果たせなかった五輪出場、そしてメダル獲得の夢を実現してほしいというものだ。(スポーツライター・佐藤温夏)