サッカーのドイツ1部リーグのケルンで出場機会を失っていた槙野智章が日本に戻ってきた。J1浦和への期限付き移籍だ。日本代表のザッケローニ監督が就任した当初、「DFなのに何でこんなに点を取っているんだ」と不思議がった異能のセンターバック。クラブ規模や抱える選手の質から考えれば、昨年の成績は浦和サポーターにすれば「許しがたい失態」と映ったに違いない。J1広島をスマートなチームに作り変えた、もう一人のペトロビッチ、ミハイロ(愛称=ミシャ)を新監督に迎え、そのサッカーを熟知する教え子の槙野が加わったことは、浦和のサポーターからすれば大きな期待を持てるのではないだろうか。

槙野の例を見て思うのだが、このところ増えている日本人選手の欧州へのチャレンジは、必ずしもプラス面ばかりではないことを感じさせる。 日本人が持つ“海外神話"への憧れも分からないではない。なぜなら他のスポーツに比べると、日本のサッカーは一昔前までは後進国の部類に属していたので、その発展の過程で南米や欧州の影響を色濃く受けていたからだ。しかし、Jリーグが発足して今年で20年。2002年の日韓大会、そして一昨年の南アフリカ大会と2度のワールドカップ(W杯)でベスト16入りを果たしたいま、Jリーグのレベルが必ずしも欧州や南米のリーグに劣るかというと、そうとも言い切れない。

確かに欧州連合(EU)圏外の選手に人数制限のあるイタリアのセリエAや、過去2年間で75%以上の国際Aマッチに出場経験のある選手にしか、基本的に労働ビザの下りないイングランドのプレミアリーグの一部のチームは、Jリーグのチームよりはるかにレベルが高いのは分かる。その意味でインテル・ミラノの長友佑都はすごいことをやっているし、誇らしいのだが。それでも現在の日本人選手流出の行き先なっている欧州各国のすべてのリーグが、Jリーグのレベルを上回っているということは必ずしも言えないだろう。

日本人選手が本場のプロとして第一歩を踏み出したのは1977年のことだった。現在、横浜FCの取締役会長を務める奥寺康彦さんが、奇しくも槙野と同じドイツのケルンに移籍したのが最初だった。当時のブンデスリーガは、誰もが認める世界最高のリーグだった。欧州連盟(UEFA)ランキングでも1976年から84年まで、各国のリーグを抑えて1位を独占。ヘネス・バイスバイラーという稀代の名将に乞われてケルンに加入した奥寺さんは当時、ハインツ・フローエやディーター・ミュラーなど多くの西ドイツ代表選手を抱えたケルンのなかにあって、外国籍枠3人のうちの一人として活躍。加入していきなりドイツ・カップとの二冠に貢献するなど目覚ましい成果を残した。その後、ヘルタ、ブレーメンとチームを移ったが、「東洋のコンピューター」と評された。

ブンデスリーガで9シーズンを過ごした奥寺さんは、間違いなく“助っ人"だった。貴重な外国籍枠を使う選手は、明らかにその国の選手よりもレベルの高い主力級でなければならない。奥寺さんは、その大役を涼しい顔で果たしたのだ。現在、欧州各国に散らばる多くの日本人選手たちが、奥寺さんのような助っ人かと問われれば、必ずしもそうとは言えないだろう。それには時代の移り変わりが関係している。

1995年12月に欧州司法裁判所で下されたボスマン判決。EU加盟国の国籍を持つ者に限ってはEU内のチームでは外国籍扱いにしないというルールができた。サッカー界にも職業選択の自由が認められたことで、助っ人の質に変化が起きたのだ。EU内の選手だけである程度の強力なチームが組めるようになった。それにより、クラブの方針によっては、「成長を見込んで」という選手も受け入れるようになった。現在、日本人選手の多くが所属しているドイツ1部リーグや、オランダ1部リーグには外国籍選手枠がない。

2006―07シーズンから外国籍枠が撤廃になったドイツを見渡すと、確実にレギュラーとして扱われているのはドルトムントの香川真司、ウォルフスブルクの長谷部誠、アウクスブルクの細貝萌、そして2部リーグではボーフムの乾貴士ぐらい。日本代表で先発メンバーの岡崎慎司(シュツットガルト)や内田篤人(シャルケ)でさえ、現状ではサブの扱いを受けている。スペイン、マジョルカの家長昭博なども含めてなのだが、彼らは2014年ブラジルW杯で、日本代表の主力にならなければいけない年代の選手たちだ。それが試合から遠ざかるということは、サッカー選手として見た場合、決してよくないことだろう。

若手の欧州流失にはJクラブの契約の盲点もある。海外のクラブのように、複数年契約を結ばないために、契約満了となると移籍金なしで移籍できる。海外のクラブからすれば、これほどおいしいことはない。特に香川のような大化けする日本人選手を目の当たりにすれば、Jリーグの若手を「とりあえず取っておこう」というクラブが増えても、なんら不思議はない。選手からすれば、欧州で試合に出ていれば、よりビッグなクラブに目をつけられやすいという利点はある。しかし、それもあくまでも試合に出ていることが前提だ。

サッカー選手のプロとしての実働期間は、そう多くはない。その貴重な時間を、試合に出て過ごすのか、ベンチを温めるのか。海外から声が掛るというのは、少なくてもJリーグのなかでは可能性を持った選手だ。そういう選手たちには、サッカー選手としての自分の人生をよく考えてもらいたい。その意味で、今回の槙野 の「実戦に戻る」という決断は、個人的には大賛成だ。ただ、考え方によってはこういうことがあるかもしれない。一人の人間として見た場合、異文化のなかで生活するというのは非常に大きなプラスがあるはずだ。「僕はサッカー選手としてより、人間として大きくなりたい」。そう思う選手がいたら、こちらは何も言えないのだが。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている。