神宮球場に行ってきた。プロ野球の関東在住審判員たちがキャンプインに備え自主トレーニングを始めたからだが、もう一つ目的があった。アマチュアの審判員が参加すると聞いていたからだ。独立リーグや少年野球など各地で審判をやっている33人が1月27日から3日間の研修会でプロから技術指導を受けた。こうしたプロ主導の研修会は初めての試みだという。

▽もっとプロ・アマ交流を

残念だったのは高校野球や大学野球などの審判員が来ていなかったことだ。聞けば、さらに20数人の参加申し込みはあったそうだが、プロとの交流が原則禁止されていて断念した人もいたという。アマ球界主催の審判員研修会ではプロ審判員が技術指導しているのだから、さして問題があるとは思えないのだが。多くの審判員たちは純粋にプロから技術を吸収したいし、国際試合を目指すトップクラスはさらなる技術向上を図りたいだろう。

プロとアマの技術差は歴然としている。アマ野球とはいえ、手弁当で審判員をやっているという“言い訳"は数万人も入る試合では通用しないと言いたい。もっとプロ・アマ交流を進めるべきで、主導的役割はやはりプロ野球コミッショナーになるだろう。

▽負の歴史に終止符を

日本の野球界は負の歴史を持っている。プロ側の強引な選手引き抜きなどで社会人野球側が態度を硬化させ自由な行き来を禁止したり、高校野球や大学野球は指導者としてのプロ経験者受け入れ基準を厳しくしてきた。行き着く所まで行った末に発覚したのが2007年の西武の金銭授受問題。プロ野球側はもとよりアマ選手側にも問題があると分かり、これを契機に両者が歩み寄る機運が生まれた。

今年1月21日には、現役のプロ選手がユニホーム姿で技術指導するシンポジウム「夢の向こうに」が行われ、巨人の小笠原道大選手らが高校球児を教えた。すでにプロと社会人野球、大学野球との交流戦が行われている。機は熟しているのだ。

▽審判学校

私はかねがね、プロとアマの壁を取り払うには審判部門から手を付けるのがいいと思っていた。それには米国のように「審判学校」を設立して、プロ・アマを超えた日本の審判組織の統一化を図ってはどうか。そこで得たライセンスは力量の裏付けとともに、「審判の権威付け」にもつながる。日本より技術的に劣るメジャー審判員が権威と誇りを持てるのは、審判学校―マイナーリーグ―メジャーと段階を踏んでいるからだ。

日本の初期のプロ野球審判員は監督経験者とか元有名選手がやって支えていた。言ってみれば、長嶋茂雄氏や王貞治氏が審判員になるようなもので、これでは後輩たちはおいそれと抗議はできない。そうしたことに甘え、審判部の組織化を怠り、権威付けは「個人の力量」に委ねられたままだった。審判員になるプロ経験者は二流という認識が定着し、一般公募による審判員も増えた。そこで起こったことは、監督、選手による傷害事件並みの「暴行事件」多発だった。審判員に対する敬意を選手たちに植え付ける仕組みを考えなかったプロ野球界の責任は重い。

神宮球場での研修会には広島の鈴木清明球団本部長が視察に訪れ「将来的にはNPB(プロ野球組織)で審判学校を設立したい。(きょうは)それに向けた第一歩」と話した。期待したい。

▽待遇改善で魅力的な仕事に

審判員の待遇改善を図ることは不可欠である。私の知る限り、これまでの審判員の最高年俸は約2000万円だと思う。決して魅力的な金額、仕事ではない。また、最高野球人の名誉である「野球殿堂入り」は現在177人いるが、審判関係者はわずか7人だけ。審判員や公式記録員にも殿堂入り選考の光がもっと当たるような工夫が必要だ。

今は亡き元パ・リーグ広報部長で大リーグ通だった愛称パンチョこと伊東一雄氏が共著で書いた「野球は言葉のスポーツ アメリカ人と野球」(中公新書)に出てくる言葉を紹介したい。「球場に来る人たちの中でアンパイアを野次らず応援するのはコミッショナーとリーグ会長だけだ」「審判員と記録員の名前をファンが知りたがるのはジャッジが間違ったときだけだ」。審判員が日の当たらない仕事であるのは洋の東西を問わないが、試合に欠かせない役割を担っていることに、異論はないだろう。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸男」(共著)等を執筆