一般の人と同じように、自身の気分転換や、勝負の前に気持ちを集中するため、音楽を聴くアスリートは多い。F1ワールドチャンピオンのセバスチャン・フェテルもそのひとりだ。子供の頃からのビートルズフリークで古いビートルズのレコードも収集している。彼にとってレースウィーク中、ビートルズなどの音楽を聴くことはどういう意味があるのかを日本GPで聞いてみた。

「僕にとっては普段の自分に戻ることかな。レーシングドライバーとしての自分もいるけれど、セバスチャン・フェテルとしての姿は昔から変わらない。だから僕はよく鏡の前に立って自分の姿を見直すんだ。態度が尊大になっていないか、なにか変わってしまった点はないかってね。あと、チャンピオンを取ったときも、鏡の前の自分を見直して、夢だったワールドチャンピオンになったと実感した。そういった意味において、音楽を聴くのはリラックスする意味もあるけれど、自分自身を振り返る意味もある」

たしかにセバスチャン・フェテルを見ていると、成功で自分を見失ってしまった先人の轍を踏むまいと、強い自制心が働いていることがわかる。そんな彼らしい一面が見えた隠れたエピソードがある。

2010年の日本GPの来日時、「ビートルズのレコードを売っている専門店に行きたい」とリクエストを出し、自由時間に専門店巡りを楽しんだ。しかし、セバスチャン・フェテルは仕事とプライベートをしっかり分けているので、そのときの感想を質問してもなかなか答えてくれない。そこで同行した女性広報担当にその様子を聞いた。

「あなたに作ってもらったリストに沿って数件のアナログレコード専門店を巡ったら、そのひとつはビートルズだけを取り扱う専門店だったからセブは本当に嬉しそうだったわよ。イギリスでは見つけられないような貴重なレコードもあったから。でも、セブらしいと思ったのは、とある一枚はセブも本当に気に入っていたのだけど、値段が50万円以上と聞いて『もちろん値段的に買えないわけじゃない。でも、常識はずれなことはしたくない』と諦めてしまったの。セブらしいわよね」と笑った。

どんな世界でもトップに立ち続けることは容易なことではない。しかし、自分自身の羅針盤を持っていれば軸足がぶれることなく常に挑戦していける。セバスチャン・フェテルには、その羅針盤が備わっていると言えそうだ。(モータージャーナリスト・田口浩次)