攻撃的で美しく、楽しいサッカーは見る者を魅了する。FCバルセロナという歴史に残る芸術的集団に触れたいま、一般のファンから、世界の一流監督に至るまで、これに異論を挟む者はほとんどいないだろう。

一方、目の前にタイトルというものがあった場合には、この美しさというのは、どこまで価値を持つのだろう。勝者という甘美な響き。これに抗うこともまた難しい。なぜならサッカーの世界では時の流れとともに、記憶に残るのは常に勝者だけだからだ。ワールドカップ(W杯)の歴史を振り返っても、美しさがタイトルを上回って評価されたチームは数えるほどしかない。それは1974年W杯のヨハン・クライフを中心としたオランダ代表であり、1982年W杯の「黄金の4人」、ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレゾを中盤に配したブラジル代表ぐらいのものだからだ。

指導者ならば、何度もチャンスがあるかもしれない。しかし、ピッチでプレーする選手たちにすればチャンスは3回しかない。高校選手権は、指導者の目指す理想のサッカーと、目の前にある勝利との狭間で揺れ動くトーナメントだと改めて考えさせられる大会だった。この大会に出場する選手が、すべて卒業後の人生をサッカーに携わって生きていくわけではない。だから指導者とすれば「一つでも多く勝たせて、子供たちに高校生活の思い出を作ってやりたい」というのも 無理はないだろう。それがともすれば一つのミスが失点につながるというリスクを避けるために、自陣ではボールを大きく蹴り出すという大味なサッカーにつながってしまうのかもしれないが。

おそらくこの大会がノックダウン方式のトーナメントではなく、 リーグ戦で行われたのなら、各チームのサッカーの戦術も大きく変わるのではないだろうか。一回のミスが致命傷にならず、そのミスを取り返す機会が与えられるのなら、選手たちはより多くのチャレンジを試みる。ディフェンスラインからパスをつなぎ、ビルドアップをして厚みを持たせた攻撃。世界の舞台で勝つために、日本代表が目指しているサッカーだ。現在の高校生年代で、アベレージ的に最もレベルの高い戦いを繰り広げていると思われるのが高円宮杯U18プレミアリーグだ。

タレントを揃えたJリーグの下部組織も混在しているこの大会に、昨年度、参加した高校チームは全20チーム中8チーム。そのうち今回の高校選手権に出場を果たしたのは青森山田と尚志(福島)のわずか2チームだけだった。この数字だけを見ただけで、いくら質の高いサッカーを目指しても、この年代の一発勝負では勝敗は不確定だというのが分かる。ここ数年、全国でも優勝候補に常に名前が上がるようになった青森山田。ポゼッションを高め、正確にパスをつなぐサッカーは、今年も3回戦で大分に0-1で敗れ去った。黒田剛監督は敗因を「プレミアリーグから選手権の戦い方に切り替えることができなかった」と語った。目指すスタイルや内容は、間違いなくプレミアリーグの方が正しいだろう。ところがそのやり方で勝てないのが、また選手権の恐ろしいところだ。

今回、決勝戦を戦った市立船橋(千葉)と四日市中央工(三重) は、高校サッカーの指導者の揺れる心を代弁するような対照的なカラーを持つチームの対戦となった。ともに個々に高い技術を持っているのは 共通しているが、リスクを回避し恵まれたフィジカルを生かした堅実型の市立船橋と、ボールを持った選手を後ろから次々と追い越して攻撃に厚みを持たせたチャレンジ型の四日市中央工。守備と攻撃のマッチアップとなった。結果は開始早々に先制した四日市中央工に対し、市立船橋 はロスタイムに同点。さらに延長戦で逆転という劇的な展開で優勝を奪い取った。

確かに責任を持たずに見ている者からすれば、四日市中央工のサッ カーのほうが楽しいと思った人が多いだろう。でも目の前にタイトルがあったなら、それを取るために自分たちのストロングポイントを最大限に生かすのも、また勝負事の鉄則なのだ。その意味で最後まで諦めずに勝負に徹した市立船橋の、追い詰められても、自分たちのやるべきことを忠実にこなし続けた姿勢は素晴らしかった。

欧州のトップリーグの試合が、毎日のようにテレビで放送され、W杯で戦う日本代表を結果だけでなく内容で評価する。我々の目は、一昔前に比べればあまりにも肥え過ぎたのではないだろうか。だからこそ、 新しい年の初めは、サッカーを見る目を一度リセットする。「これはプロの試合ではなく、高校生の試合なんだ」と。そうすると美しさ以上に、タイトルを目指すひたむきさに価値を覚えることもある。彼らの持つサッカーに対する純粋さに、心を洗われるオジサンたちも多いのではないだろうか。それにしても何の巡り合わせだろうか。不思議なこともあるものだ。決勝戦で2得点を決めた市立船橋の和泉竜司主将は、三重県四日市の出身。一方、決勝戦は出場停止だったが、四日市中央工の国吉祐介主将は千葉県出身。それぞれが自分の出身地のチームを相手に日本一を争った。彼らは彼らで、指導者とはまた違う葛藤、地元と自チームの狭間で心が揺れ動いたのだろう。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている