今年のプロ野球界を振り返ったとき「ソフトバンクの日本一」と「ゼネラルマネジャー(GM)」が頭に浮かぶ。その二つから思い出されたのが故・根本陸夫氏である。「ファンに面白いプロ野球を見せる」ことを追い求めた男だった。

ソフトバンクは2年連続でクライマックスシリーズで敗れるなど短期戦での弱さが課題だったが、日本シリーズで中日を下して日本一となり、勝因として戦力層の厚さが挙げられた。王貞治球団会長、秋山幸二監督というフロントと現場のコンビがうまく機能し、短期戦にも通じる戦力の強化・充実を図った結果だった。2人をソフトバンク(当時はダイエー)に入団させたのが根本氏だった。

GMは巨人の内紛劇で一気に注目される2文字となった。GMを兼ねていた巨人・清武英利球団代表が実質的なオーナーである渡辺恒雄球団会長にチームづくりで公然と反旗をひるがえし、訴訟合戦にまで発展する事態となった。携帯電話向けソーシャルゲームサイト「Mobage(モバゲー)」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)が買収した横浜は、最初に高田繁GMを誕生させ、監督人事に手をつけた。日本ハムもGMがチーム編成の中心にいる。日本球界もGMとフィールドマネジャーの分業化が進み、チームづくりでの責任の所在が明確になっていく時代になるだろう。大リーグのように高給を取るGMが出てきてもらいたい。

さて根本氏だが、近鉄の選手(捕手)時代は6年間で186試合に出場しただけの成績。4チームで監督を務めたが、通算11シーズンで598勝687敗。広島時代の1968年に1度だけ3位になったが、それ以外はBクラス。そんな根本氏が2001年に「野球殿堂入り」したのは、そのチームづくりの手腕を評価されたからだ。GMと名乗ることはなかったが、日本球界におけるナンバーワンのGMに野球人最高の栄誉が与えられたといえる。

クリスマスイブの日に、埼玉県所沢市の故根本陸夫氏宅に隆子夫人を訪ねた。根本氏が73歳で亡くなって12年が経つ。部屋には遺影、野球殿堂入りのレリーフ、イコン(根本氏は幼いころにロシア正教の洗礼を受けた)などが昔のまま飾られていて、お供えの花の名札が残されていた。「孫正義」「王貞治」「秋山幸二」。昨年そして今年と命日である4月30日に贈られたものだ。ただ、根本氏とソフトバンクの孫氏とは一面識もなかったはずだ。「チームの基礎をつくってくれた」ことへの感謝と推測するしかない。

広島は75年に古葉竹識監督で初優勝したが、根本氏は後年、この地方の弱小球団を大きく変えたと評価された。根本氏は監督5年目の途中で解任されているが、その後もチームづくりで球団オーナーの相談に乗っている。根本氏らしいエピソードだ。

広島の監督時代に米国野球とのつながりができたのは大きい。振り返れば、法大野球部でアマ球界の入り口に立ち、近鉄の5年間のスカウト時代に全国を歩き、野球人脈を張りめぐらしていった。野球界以外の広い付き合いも特徴だが、プロ野球を通じて近鉄・佐伯勇、広島・松田恒次、西武・堤義明、ダイエー・中内功ら一流の経済人との巡り合いも見逃せない。

チャンスは79年の西武監督就任でやってきた。根本氏のチームのつくり方は独特だ。ダイエーでもそうだったが、まず監督としてチームの大改造に着手し、その後はフロント入りして勝てる監督を連れて来る。西武では1年目に半分近く選手を入れ替えた。4年目に広岡達朗監督にバトンを託し優勝を果たす。西武の14年間で実にリーグ優勝9度、日本一8度。もちろん監督の手腕によるが、根本氏が高い評価を受けたのは当然だろう。

ダイエーでは2年間、ユニホームを着た後、王氏を口説き落として福岡の地に迎える大仕事をやってのけた。苦戦続きだった王監督は契約が切れる5年目の99年に優勝したが、根本氏はその年の春に亡くなった。ダイエーでのポイントは秋山選手を西武との3対3の大型トレードで獲得し、工藤公康投手をFA移籍させたことだった。

弱小だった広島、西武、ダイエーではまず選手の意識改革を行い、同時に軸となる選手をトレードで交換する。そして大胆なドラフト戦略で投打の中心選手となる新人を獲得していくのである。

根本氏は自らアウトローと言うだけあって、その手法はかなり強引だった。ルールすれすれ、時としてルールを超えるようなこともしたが、「巨人を追い越すには仕方ない」。その巨人を含め他球団が恐れたのは確かで、西武時代に“根本包囲網"が敷かれ出す。練習生の獲得禁止、ドラフト外での獲得禁止、1球団の保有選手を60人以内(現在は70人)に抑える―などは、明らかに「球界の業師」根本氏を抑えようとしたものだった。

こうした動きに、当時の根本氏が「プロ野球は自分で首を締めている」と嘆いていたのが思い出される。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸男」(共著)等を執筆