なにか、とんでもないものを目にしたような感じがした。そして見終わった後に思ったのは、「よく分からない」というのが正直なところだ。

▽目にしたことのないスポーツ

自分でサッカーボールを蹴り始めてから約40年。一般の人に比べれば、これまでワールドカップ(W杯)やヨーロッパ選手権など、レベルの高い試合を生で目にする機会に多く恵まれた。

しかし、それまで蓄えた常識はなんの役にも立たない。横浜国際競技場のピッチで繰り広げられるボールゲームは、これまで目にしたことのないスポーツだった。

そして、自分の知識に合致するサッカーというスポーツを展開しようとしたサントスFCの選手たちは、ボールをキープすることさえさせてもらえなかった。世界中の誰もが「ボールのアーティスト」と認めているブラジル人たちが、だ。

▽産業革命がもたらした発展

1863年にイングランドのThe FA(フットボール・アソシエーション)によって統一ルールが制定され、近代サッカーの基礎は築かれた。

18世紀から19世紀初頭に起こった産業革命は、「世界の工場」イギリスの技師を世界中に派遣する形となった。その技術の輸出と同時に、各国に持ち込まれたのがフットボール、すなわちサッカーだ。

現在のように情報が発達していない時代サッカーは、それぞれの国で民族性に合った独自の発展を遂げた。

▽「単純さ」がもたらす「偉大さ」

サッカーのルールは、他のスポーツに比べてもシンプルだ。だからこそ各国がそれぞれのスタイルを持った。

1930年、ウルグアイで開催された第1回W杯。同じルールのもとで行われる競技ながらも、異なるスタイルが激突し、覇を争う世界大会。このスポーツに対し、自分たちの哲学が一番優れていると思い込む者たちが競うことで、サッカーは世界で最も大衆に支持されるスポーツとして発展してきた。

ある意味での単純さが持つ許容範囲の幅がもたらした偉大さ。歴代の名監督といわれた人々は、他のチームが考えつかないようなフォーメーションや戦略を繰り出し、試合に勝ち続けることによってサッカーの歴史のなかに名を刻んできた。

▽「トータル・フットボール」の衝撃

数々の戦術の変遷のなかでも、特にその後のサッカーの流れを完全に変えた革新的な出来事があった。

1974年、旧西ドイツで開催された第10回W杯。リュヌス・ミケルスという稀代の戦略家と、スーパースター、ヨハン・クライフによって具現された「トータル・フットボール」だ。

オランダの披露した、ポジションを目まぐるしく変えるサッカーは、それまでDF、MF、FWの役割分担が明確だったサッカーの歴史に、「全員守備、全員攻撃」という新しい概念をもたらした。

▽当時はわからなかった「すごさ」

残念ながら僕はこのトータルサッカーによる衝撃を受けていない。というのも日本でW杯の決勝戦がテレビで生中継されたのは、1974年W杯が初めてだからだ。

人生のなかで最初に目にしたW杯の試合がオランダ対西ドイツ。しかも、クライフ率いるオランダは、皇帝フランツ・ベッケンバウアーがキャプテンを務めた西ドイツに1-2の逆転負けを喫している。

サッカー部に所属し、ボールこそ蹴っていたが、戦術なんて考えたことすらなかった。田舎の中学2年生には、オランダのすごさはまったく分からなかった。

▽フットボール対ハンドボール

それでも常に高レベルの試合を目にしていたヨーロッパや南米の観客には、クライフを中心に演じられたサッカーが、とんでもないことのように目に映ったのは、いまとなってはなんとなく分かる。彼らを見たからだ。

FIFAクラブ・ワールドカップでFCバルセロナが披露してくれたサッカー。サントスの選手が従来のサッカーで戦いを挑んだのに対し、バルサの選手たちは「ハンドボール」で迎え撃った。足でボールを操りながらも、まるで手でボールを支配しているかのようにボールを失うことはない。

▽チーム全員が「名手」

昨年の南アフリカW杯優勝メンバー、7人のスペイン代表に加え、リオネル・メッシ(アルゼンチン)、ダニエウ・アウベス(ブラジル)、エリック・アビダル(フランス)の各国代表選手が並ぶ。

スペインで はチームのエースを「クラック」(名手)と呼ぶが、バルサは控え選手も含めて全員が、他のチームには1、2名しかいないクラック級だ。しかも「スーぺル・クラック」(スーパー・クラック)と呼ぶべきメッシやシャビ、イニエスタなどがいる。

▽忠実に働く「王様」たち

他のチームにいけば王様として君臨し、汚れ役は他に任せるレベルの選手たちが、働き蜂のように忠実な動きを見せる。決して大きな動きを見せるわけではないが、数メートルをチーム全員が動き、空いたスペースにパスが入っていく。

簡単そうに見えるが、なかには結構えげつないパスもある。シャビやイニエスタから入る縦パスだ。それを涼しい顔で受けてしまうメッシ。こんなチームから普通にボールを奪い取ることは無理だろう。ブラジル代表でも太刀打ちできない気がする。

▽間近で感じる「当たりの強さ」

スタンドから見ていると、バルサの選手たちの巧さが際立つだけに、プレーに迫力が感じられないのは自分だけだろうか。そう思ってピッチで写真を撮っていた知人のカメラマンに聞いた。

返ってきたのは「ボールを奪うときに、ものすごい当たりをする。当たった本人が痛いんじゃないかと思うほど」。だが相手の足は払わないのでファウルにもならない。ファウルになるのは、大抵が手で相手を抑え込んだ時だけだ。

▽歴史に残る異次元のチーム

「ボールを自分たちで持ち続けられればどうにでもなる」。そう語ったクライフがバルサの監督時代に、チームの中心として活躍していたのがバルサの現監督ジョゼップ・グラウディオラ。“クライフイズム"を受け継いだ“ベップ"(グラウディオラの愛称)が、歴史に名を残す異次元のチームを作り上げたことは疑いないだろう。

▽驚異のポゼッション率

「我々は難しいことをしているわけではない。ただボールを正確につなぎ、ゴール前に持っていくことを目指している」。そんなことを言われても、足でハンドボールのようなボール運びをできるチームは史上一度たりとも見たことがない。

おそらくこのバルサが初めてなのではないか。ボールを保持するポゼッション率が、55%―45%でも一方的に見えるサッカーで、この日のバルサのポゼッション率は、サントスの29%に対し、71%。なんだ、この数字は…

▽宇宙人? いや地球人

ゴールを奪うプロセスもそうだが、この日の試合運びは宇宙人と遭遇したような衝撃だった。そんな彼らを見て最後にホッとしたのはベップのこの言葉だった。

「ホテルにはお寿司が用意されているはずだから、みんなで食べます」。

「サッカーを見る概念が変わった日」と、多くの人は、そう感じたはずだ。でもその偉大なバルサの選手たちも、食事に関しては地球人規格。ちょっと安心させられた。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている