わずか1年前はJ2にいたチーム。それがいま、FIFA(国際サッカー連盟)主催の世界大会、FIFAクラブ・ワールドカップ(クラブW杯)で4強入りを果たした。サッカーは時に予想外の驚きを伴う喜びをもたらしてくれるものだが、柏レイソルの躍進はその良い例だろう。

▽絶望の中でも明確なビジョン

J2陥落という、この上ない絶望を味わいながらも、このクラブは立ち止まることをしなかった。明確なビジョンを持ち、ただJ1に復帰するだけでなく、J1で勝ち抜くための継続性を基盤に据えていた。

日本人の気質を知り尽くしたネルシーニョという類稀な指導者に全幅の信頼を置き、チーム内での競争を活性化。それを側面から支援したフロントの度量の大きさ…。

フロントがその場の思い付きで現場介入し、チームが崩 壊していくクラブが予想以上に多いことを考えると、柏のケースはJクラブのある意味でのお手本となったのではないだろうか。

▽柏は前半戦「MVP」

ACL(アジア・チャンピオンズリーグ)での日本勢の早期の敗退。これが良いことなのかは別にして、柏には開催国枠でクラブW杯への出場権が巡ってきた。3年ぶりに開催権が日本に戻ってきたという巡り合わせもあり、柏には最高のご褒美になった。

やはりこのような大会は、自国のチームが出場しているのと、出場していないのでは興味に大きな差が出てくる。日本チームが出場していない過去2年のUAE(アラブ首長国連邦)開催の大会が、あまり記憶に残っていないのはそのせいだろう。

もし今回も日本のチームが出場していなければ、興味の対象は、現在世界で最も楽しいサッカーを演じるFCバルセロナと、ネイマール、ガンソといったブラジル代表のニュースターを擁するサントスFCの試合ぐらいだったろう。そんな今大会の前半戦のなかで果たした、柏の活躍はMVPものだろう。

▽ゴールにも勝る活躍

オセアニア王者オークランドシティ(ニュージーランド)、北中米カリブ王者のモンテレイ(メキシコ)を連破しての準決勝進出。もちろん第1戦で得点を記録した田中順也、工藤壮人、第2戦のレアンドロ・ロドリゲスのゴールは欠かせない。

しかし、試合に勝利を収めるという全体像を見渡したとき、その得点にも勝る活躍を見せているのがGKの菅野孝憲だ。

オークランドシティ戦で79分から立て続けに見せた2本の美技。マリガンのFKを左手一本で弾き出したスーパーセーブ。さらにビセリッチのヘディングを体はゴールに中に入りながら、ライン上でかき出したゴールキーピングは、フィールドプレーヤーのゴールにも匹敵する価値あるプレーだった。

▽平均よりもかなり低い身長

さらにモンテレイ戦では、開始早々の3分にスルーパスで抜け出したチリ代表のスアソとの1対1を、抜群の飛び出しで左サイドに追い込み シュートチャンスを奪うという、目に見えないファインプレー。直後のサンタナの強烈なシュートも確実に弾き出した。

公表されている身長は179センチ。しかし、実際はそれより小さいだろう。Jリーグ全体のGKの平均身長が185センチ近くになっている 現状から比べてもかなり低い。

▽つきまとった身長での不利

指先の第一関節の先でボールに触るだけでシュートのコースを変えられるGKというポジションの特性を考えると、身長は高いに越したことはない。事実、ヴェルディ・ユースに所属していいた菅野は、身長の低さだけが原因でトップチームに昇格できなかったという過去がある。

当時、ヴェルディ・ユースの監督をしていた元日本代表の都並敏史氏は、菅野の才能を惜しんで、プロとして契約できるチームを共に探し回ったという話を耳にしたことがある。

▽落下点の的確な見極め

GKとしての菅野を見たとき、体のサイズ以外は、すべての要素を高いレベルで備えている。冷静な判断力と、的確なポジショニング。Jリーグでも最高レベルの神がかり的な反射能力。さらに忍耐強さ。これらがあるからこそ彼のプレーを見ていると、身長は必ずしも決定的なハンデではないのではないかと思わされる。

たとえばボールの落下地点に対してポジションが10センチずれていると、185センチのGKも175センチ以下の身長しかないのと同じだ。その昔、西ドイツ代表の太陽といわれたウーベ・ゼーラは170センチそこそこの身長ながら190センチに迫る長身のDFにヘディングで軽々と勝っていた。

それはボールの落下点を的確に見極めていたため。菅野も同じようにワンポイントしかないボールの落下点を素早く占拠する能力に優れている。手を使えるのだから、相手がいくら長身のFWでもそう簡単に負けるはずはないのだ。

▽芸術的駆け引きと忍耐力

準決勝進出を決めたモンテレイとのPK戦。1番手キッカー、ペレスとの駆け引きは芸術的とさえいえた。相手は技巧派。菅野は「なにかを仕掛けてくる」と読んでいたのだろう。

ペレスは助走から最後の軸足を着いたときに、キックまで少しの間を置いた。時間にすれば0コンマ何秒だろう。GKのセーブのタイミングを外すためだ。これに対し菅野はGKから見て左に一歩踏みだしたが、その一連の動きで倒れることはなく、ほんの一瞬だが体を止めた。

そしてペレスが右足でボールをインパクトした瞬間に再び動作を起こし、このシュートを見事に弾き出した。 おそらく左足を踏み出したあとの一瞬の停止がなかったら、ボールは菅野の倒れた体の上を通過していたろう。このキッカーの意図を読んで、 精神の逸る気持ちと体の動きを止めることのできる技術。それこそがGKの忍耐力なのだ。

▽「ただ単に」優れたGK

クラブW杯での菅野のプレーを見ていると「優れたGKのいるところにタイトルはついてくる」というサッカーの格言を思い出す。そしてモンテレイの選手たちも「日本にも小柄ながらすごいGKがいるのだな」と思ったに違いない。

蛍光色の派手なユニフォームで知られた1994年、98年のワールドカップ(W杯)でメキシコ代表のゴールを守ったホルヘ・カンポス。2010年W杯南アフリカ大会のオスカル・ペレス。世界のGKが190センチ近い大型化を続けるなかで、なぜかメキシコは170センチそこそこのGKをレギュラーとして使い続けた。

メキシコ人にすれば「身長よりGKとしての総合能力」。そう思っている彼らにしたら、菅野は先入観なく、ただ単に優れたGKとだけ映ったのかもしれない。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィルサッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている