これは「歯に衣着せない」正論なのか?それとも「扇情的」な感情論なのか?11月6日に東京で行われたWBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチだが、王者・粟生隆寛(帝拳)に僅差の判定で敗れた挑戦者デビス・ボスキエロの母国イタリアでは、同国の通信社ANSAの配信記事が、挑戦者の勝利は地元判定により「ひったくられた」と形容し、日刊紙ガゼッタ・デッロ・スポルトによれば、試合後に粟生がボスキエロの健闘を称えた姿は、こんな形で勝ってしまって申し訳ないと謝罪するかのようだったと書いている。

しかし、同国のメディアが報じたようにこの試合に真の勝利者がいたのだとしたら、それはボスキエロでなく、彼のセコンドとしてコーナーから彼を見守っていた指導者ジーノ・フレオ氏その人ではないかと思う。2年前の11月、欧州王座挑戦を目前にした無敗の新鋭から一転、不法ドラッグの所持で拘留され、三面記事にその名前が大きく載ったボスキエロを奈落の底から救いあげたのがこのフレオ氏だったからだ。

若者の就職難と将来への不安、そこに忍び寄るドラッグの魔手。事件当時の報道によれば、仲間の未成年(17歳)のルーマニア人少女他1名とともに、警察から事情聴取を求められ、ボスキエロの自宅のキッチンで15グラムのコカインが発見されたという。この時点で、病弱の母親を抱えていたボスキエロだが、この年の7月まで従事していた作業員の仕事を失ってから4カ月が経過しようとしていた。

やりきれないのは、事件の発覚後、間もなくボスキエロの母親が亡くなってしまったことだ。しかし、ボスキエロには「この手でお前のことを殺してやりたいくらいだ」と本気で叱ってくれる大人がいた。フレオ氏だ。地元ピオーヴェ・ディ・サッコに悲願の初のボクシング・クラブ設立を実現したのが1985年。ガイドブックにも載らないこの小さな街のクラブが、フレオ氏の愛情と熱血指導により2001年から2年連続でイタリア全土のアマ・クラブで最高の戦績を挙げるまでになったのだから、実に凄い。今回の世界戦に話を戻せば、再生したボスキエロの大健闘ぶりに、もはや過去の過ちを持ちだす輩はいない。としたら、称えられるべきは、やはり、どん底にあっても彼を信じることのできたフレオ氏ではないだろうか。(草野克己)