そこに待ち受けていたのは、すでに2014年ワールドカップ・ブラジル大会への門を閉ざされたFIFAランク124位のチームではなかった。

記憶に重なるのは昨年の6月15日、極寒のヨハネスブルク・エリスパークで目にした北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)代表だった。

▽たとえ美しくなくとも

技術的には決して美しさはない。それでもサッカーは試合になるというのを感じさせたのが、優勝候補の本命ブラジルと対戦したW杯南アフリカ大会での北朝鮮だった。

相手の持つ高い技術を、フィジカルの強さと衰えぬ走力で封じ込める。勝負は最終的に敗れるという結果に なったが、1-2というスコアは、世界中に驚きを持って迎えられた。

▽内容的にはまさに完敗

アジアでは最高級の技術を誇るといわれる日本(FIFAランク17位)。しかし、あのブラジルの選手たちに比べれば当然クオリティは劣る。そして11月15日の平壌で、これまで16戦無敗を誇っていたザック・ジャパンが、北朝鮮の餌食になった。

日本代表の選手たちに、4日前のタジキスタン戦で最終予選進出の切符を手にしていたという気の緩みがあったとは思えない。それを考えれば、内容的にもまさに完敗だった。

▽ライバルたちに大きなヒント

北朝鮮のサッカーの手法に未来があるかと問われたら、難しいだろう。ただ、1試合のみの勝負にこだわるのなら、肉体で相手を押し潰すサッカーもあることを改めて思い知らされた。

そして最終予選でアジア王者日本と対戦するチームに対し、北朝鮮は大きなヒントを与えたのかもしれない。

▽かつて味わったかのような錯覚

テレビの画面を通して伝わってくる金日成スタジアムの雰囲気は、あまりにも異様だった。

ところが僕は、この世界のどこでも感じることのできないアウェー感を、かつても味わったことがあるような錯覚にとらわれていた。

マラドーナの活躍でアルゼンチンが優勝を飾った1986年W杯メキシコ大会。その予選を、同じ金日成スタジアムで1985年4月30日に戦った日本代表。当時のキャプテンだった加藤久さんから、このときの試合の模様を事あるごとに聞かされていた。

心に訴えかけてくる強烈な印象と、数枚の写真から、自分が究極のアウェー試合を見たかのように勘違いしていたのだ。

▽サッカー界のターニングポイント

実際、この試合はテレビでも放送されなかった。それでも鮮明な印象として記憶に残っているのは、当時の北朝鮮は実力的に日本より上だったという事実がある。

圧倒的な不利を伝えられながら、アウェーに乗り込んだ森孝慈監督(故人)に率いられたチーム。森ファミリーと呼ばれた日本は、ここで北朝鮮の猛攻にも耐え忍び、勝ちに等しい0-0の 引き分けをもぎ取った。結果的にこれがチームに勢いをもたらし、日本は東アジア地区の決勝まで駒を進めた。

▽加藤久さん著書は必読

結果的に日本は韓国に敗れ (ホーム1-2、アウェー0-1)本大会出場は逃したが、このW杯予選は日本人が初めてW杯出場を「夢」から「現実」に切り替えるターニングポイントとなった。さらに付け加えると日本サッカーがプロ化へ突き進むきっかけともなった。

メキシコW杯アジア予選の模様は、加藤さんの著書『完全敵地』 (集英社刊)に克明に記されている。W杯出場が当たり前の世代になった人たちには、日本のサッカーがどのような苦労を重ねて現在の立ち位 置にあるのかを知るためにも、ぜひ読んでもらいたい。

▽気概見えなかった日本

話を現在に戻し、15日の試合を振り返ると、北朝鮮選手の「相手をぶっ飛ばしてやろう」という気迫を前に、日本の選手たちは腰が引けていたように見えた。

日本にすれば、次がある立場なだけに「ケガは避けたい」という思いがあったことは多少なりとも推測される。

ただ、それにしても「個」の力で局面を打開してやるという気概が日本の選手から、あまり伝わってこなかった。日本にはルーニーのような気概を持った男は生まれないのか?

▽敗れ去ったゾーンプレス

サッカーはもちろんチーム競技だ。しかし、そうはいうものの局面は1対1の勝負の繰り返しだ。目の前の相手を打ち破らない限り、自分たちのアドバンテージを得ることは難しい。さらに技術的に多少優れていても、常に自分たちのリズムでサッカーができるわけではない。

UAE(アラブ首長国連邦)で1996年に開催されたアジアカップ。加茂周監督指揮の下、新戦術「ゾーンプレス」で連覇を狙った日本は、グループリーグこそ3戦全勝で突破したが、決勝トーナメント1回戦でクウェートに0-2とあっけなく敗れ去った。

▽中盤無視の相手に苦戦

その敗戦の一番の原因は本来、集中的なプレスでボールを刈る中盤のゾーンを、クウェートが完全に無視して、DFラインから前線にロングボールを放り込んできたからだった。

キリンカップなどで対戦する欧州や南米の国を相手にすると、ゾーンプレスは中盤で面白いようにボールが奪えた。ところがアジアでは、中盤でボールをつながないチームもいたのだ。

▽個と個のぶつかり合い

ある意味で北朝鮮戦はこの種類の試合だった。日本のストロングポイントである中盤の頭上をボールが通り過ぎる。最終的には個と個のぶつかり合い。

結果としてこの日は、51分の決勝点の場面を見るだけでも、ポストとなったパク・クァンリョンが栗原勇蔵に勝り、ゴールを挙げたパク・ナムチョルが駒野友一を気迫とフィジカルで上回ったということだろう。

▽まさに「国の威信懸けた戦い」

「国の威信を懸けた」という言葉はよく聞くフレーズだが、安易に使われる言葉であってはならないのだ。北朝鮮選手の気迫を見て「国の威信を懸ける」とはこういうものなのだと改めて思い知らされた。

日本代表はこれで平壌での試合は4戦して2引き分け2敗。中立地でやればかなり力の差のあるチームでも、相手のホームでは簡単にいかないことを思い知らされた。

他の国では決して体験することのできない「完全敵地」がこの地球上にある。今回はそれを知ったことが、日本代表にとっての数少ない収穫か。もう一度、気を引き締め直さなければいけない。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている。