「走る、跳ぶ、投げる。ダイナミックなこの競技の面白さをもっと多くの人に知ってもらいたい」。ハンドボール女子日本代表の上町史織(北国銀行)が、目を見開いて語った。アマチュアにとって五輪の力は大きい。太田雄貴(京都ク―森永製菓)が北京五輪で銀メダルを獲得し、注目を浴びたフェンシングが好例だ。一握りのプロはいるが、ことしワールドカップ(W杯)で優勝した女子サッカーの「なでしこジャパン」もしかり。周囲の期待をはるかに超えた活躍は、競技の認知度を一変させる。

10月に中国・常州で開催されたハンドボールのロンドン五輪女子アジア予選は、長く五輪出場から遠ざかる日本代表にとって、千載一遇のチャンスだった。NHKがBSで放送し、スポーツニュースの中で取り上げたことも国内の盛り上げに一役買った。

4戦全勝で迎えた最終の韓国戦。勝てば1976年モントリオール五輪以来、36年ぶりの五輪出場だった。だが、アジアの王者は強かった。22-27の力負け。日本代表のスタッフの一人がつぶやいた。「アジア予選で枠が一つとは少ないですよね」。団体競技は五輪への門戸が狭いことをあらためて痛感させられた。

企業スポーツは衰退し、特に女子の団体球技を取り巻く環境は厳しさを増している。ハンドボールの女子日本リーグも、かつては2部12チームで構成されていたが、現在は1部のみで6チームだけ。実業団は北国銀行、オムロン、ソニーセミコンダクタの3チームで、残りは地域密着型のクラブ組織で運営されている。競技だけに専念できる選手はいない。どの選手も昼間はOLの顔を持ち、夜は体育館で練習という日常を送る。

北国銀行は以前、選手は貯金センターの事務職に従事し顧客との接点はなかったが、4、5年前から各支店に配属され、接客業務を行うようになった。CSR(企業の社会的責任)の観点から、より地域に根差したチームを目指す企業方針だという。仕事と競技の両立で負担は増えたが、責任感も生まれるようになった。金沢市内の支店に勤務する日本代表GKの田代ひろみは「お客さまから、頑張ってと声をかけたりしてもらえるようになり、地元のためにも頑張ろうと思う気持ちが強くなった」と話す。

クラブチームの広島メイプルレッズは複数のスポンサーを持ち、1企業に選手を1、2人ずつ雇用してもらう形を取る。日本代表の攻守の要、植垣暁恵はお好み焼きソースで知られる「オタフクソース」に勤務。今年は日本代表の合宿期間が長く、春から出社できる日は少ない分「五輪に出場して会社の人に恩返しをしたいという気持ちは高まる」と言う。同じクラブチームの三重バイオレットアイリスや名古屋HCも同じような運営形態で、地域の中小企業の和が選手たちを支えている。

アジア予選で敗れたとはいえ、来年5月の世界最終予選への出場権はつかみ取った。まだ、五輪出場のチャンスは残されている。12月にはブラジルで世界選手権が開催され、世界の強豪を相手に腕試しをする機会はある。彼女たちの挑戦はまだまだ続く。

吉谷 剛(よしたに・つよし)1975年、北海道出身。テレビ局勤務を経て2002年に共同通信へ。03年12月から07年まで大阪で阪神などを担当し、同年12月に東京に異動。横浜や大リーグ野球担当の後、卓球やテニス、JOCなどを幅広く取材。