体操担当になって2シーズン目。この競技に関わることができて、幸せを感じている。経験者ではないから以前は興味を抱くこともなかったし、記者になるまで生で観戦する機会もなかったスポーツ。でも今は違う。ある選手の存在が、取材現場に向かう足を軽くしてくれている。

東京で開催された10月の世界選手権で前人未到の個人総合3連覇を達成した男子の内村航平(コナミ)。希代のアスリートとの言葉のキャッチボールが、とにかく楽しいのだ。

「多くの選手は着地を止めようとするが、自分は違う。着地に至るまでの一連の流れが大事。そこさえしっかりとやれば、自然と着地は止まる」

「今日は良かったなと思っても、それで終わり。かなりいい演技ができた時でも、まだいける気がする。やっていくうちに、目標は逃げていく感じ」

ほかの選手と全く異なる発想や思考回路に驚きを覚える。

朝食はあまり食べない。野菜は苦手で、お菓子や炭酸飲料が好き。どんな状況にも対応できるように、時には準備運動なしで本番を想定して演技してみる…。一風変わった天才肌の側面が強調されがちだが、本人は「天才」の一言で片づけられることを嫌う。自分なりの理論を構築し、人一倍努力を積んでいる自負があるからだ。

ありきたりな質問、的はずれな質問には、あからさまに嫌悪感を示し、ぶっきらぼうな答えしか返ってこない。記者の問いかけが彼の琴線に触れれば、とたんに表情が明るくなり、言葉がすらすらと出てくる。22歳にして次々と偉業を達成する世界王者の本音、こだわりをいかに引き出すか。一筋縄ではいかない「努力の天才」に質問をぶつけるこちらは、日々頭をひねっている。

昨年の世界選手権(ロッテルダム)では、こんなことがあった。今や内村の代名詞となった「美しい体操」について「原点はいつか。どんなきっかけか」と尋ねた。内村は「その質問、意外と聞かれないんですよね」と言ってにやりと笑い、中学3年の夏の思い出を披露してくれた。地元長崎で開催された全国高校総体で目にした星陽輔(当時埼玉栄高、現セントラルスポーツ)の美しい演技に心奪われた瞬間は、内村の記憶に鮮明に刻まれていた。

内村を取材して、名古屋支社に勤務していた数年前を思い出した。プロ野球中日の担当だった当時、「オレ流」で知られる落合博満監督の取材に苦労した。卓越した野球理論を持つ指揮官は、簡単に選手起用や采配の意図を教えてくれない。ベテラン記者でさえ何の話から切り出すか、どんな質問をぶつけるか、必死に思案していたのを覚えている。駆け出しだった私などは、一対一の取材後、緊張で汗びっしょりだった。

世界選手権の団体総合で33年ぶりの優勝を狙った体操ニッポンは、またも王者中国の壁に跳ね返された。打開策を問われた日本代表の立花泰則監督の答えが印象的だった。「練習過程、その継続性、『内村的思考』を日本全体として共有して努力しないといけない」。ロンドン五輪まで約8カ月。内村の脳内を解明する楽しみは、これからも続く。

井上将志(いのうえ・まさし)2003年共同通信入社。名古屋でプロ野球中日、フィギュアスケートを担当。現在は本社運動部でフィギュア、体操、陸上を中心にカバーし、バンクーバー冬季五輪も取材。東京都出身。