彼の出生地スペインの友人たちも、彼がプロボクサーとして最初の一歩を踏み出したパナマの友人たちも皆、今では彼の名前「GIACON」をスペイン語読みではなく、イタリア語の読み方にならって「ジャコン」と呼んでいる。

彼、ルーカ・ジャコンを「イタリア・ボクシング界の救世主」とまで称え、期待をかける同国のファンたちは、それを当然のことのように受けとめている。なぜなら、彼の父はピエモンテ出身のれっきとしたイタリア人だから。アマ12戦全勝(英語圏のメディアでは15戦全勝と報道されている)、プロ入り後も17連続KO勝利を記録して業界を騒然とさせたジャコンは、この10月28日、現在の本拠地サルデーニャでのダブル世界戦のアンダーカードに出場し、18試合目となるフェリックス・ソリア(スペイン)との全勝対決を6回判定で制したばかりの23歳。連続KO勝利は逃したものの、18連勝を飾っている。

まずは欧州王座、そして世界を目指すジャコンだが、その出自はすでにして「国際的」である。アフリカのルワンダ出身でツチ人の母がベルギー国籍であり、ジャコン自身もまた同国政府発行のパスポートを交付されているので、父の国イタリア、そして出生地スペインと合わせて3カ国の国籍を保有者しているのだ。

「国際人」との出会いにも恵まれた。プロ転向に際して、同じスペイン語圏でボクシングが盛んな中米パナマ行きを勧めてくれたのが、最初の指導者でパナマ人のエドウィン・ムリーリョ氏。最初の代理人となった中欧オーストリア人ヘルムート・ヴィルマー氏もまた、なにかとのジャコンに便宜をはかってくれた。以降、イタリアの「OPI2000」にスカウトされ、昨年3月、同国に逆輸入の格好で登場して以来、サルデーニャを活躍の場とし、今年7月、百戦錬磨のルディ・エンカルナション(スペイン)を6回にTKO、EU(欧州連合)ライト級王座も獲得している。ソリア戦で連続KO記録は途絶えたが、強打者でなく超技巧派を理想とするジャコンに落胆の色はない。なるほど、ジャコンが中米で教えを乞うたトレーナーの一人は、1970年代に神技的フックでロイヤル小林(国際)を倒してみせた天才的強打者ウイルフレド・ゴメス(プエルトリコ)を指導したこともあるペドロ・アビラ氏だというではないか。(草野克己)