9月に開催された大相撲秋場所後、琴奨菊が大関昇進を決めた。名古屋場所で逃した悲願を今回ものにした要因は、本人が「どういう状況でも冷静に入れた」と振り返るように、メンタル面の強化だった。折しも書店では、サッカー日本代表主将の長谷部誠が、日常生活で心がけていることをまとめた著書「心を整える」が好評で、精神状態についての世間一般の関心も高そうだ。大相撲だけでなく、さまざまな競技を取材した経験上、「自分はメンタル面がめちゃくちゃ強い」と胸を張るような選手、力士に出会った記憶はない。スポーツにおける精神面について考えてみた。

▽波を作らない日常

琴奨菊がメンタル強化の必要性を痛感したのは7月の名古屋場所の失敗。白鵬を破って大関の座を目の前に手繰り寄せながら、プレッシャーに負けて終盤に平幕力士にまさかの2連敗を喫した。琴奨菊は「弱い部分を知ることができた。そこを強くしないと上がれないと思った」と明かす。場所後、イチローの著書などを読みあさり、心の持ち方を学んだ。その一環として、決まり事を意味する「ルーティン」を大事にした。例えば、出番前の支度部屋で同じ曲を聞いて自らを鼓舞したり、塩をまく前に大きく後ろに体を反らせたり。これで「毎日同じリズムでできた」と平常心の維持に役立ったと説明した。

また、取組後の雰囲気もかつてとは異なった。以前は強敵を破った際に「よっしゃー」とか「ほんま、よかったわー」などと大きく表情を緩ませ、負けたときには人が違ったようにうつむき加減になり声も小さかった。喜怒哀楽をそのまま表に出していたが、秋場所は勝ってもさほど大喜びせず「誰に勝っても同じ1勝ですから」「あしたも思い切りやるだけ」と淡々と話した。精神状態に過度の波を作ることを防ぐような言動の変化だった。▽双葉山、白鵬、そしてほかの競技でも

長い歴史を持つ相撲界では、「心」の部分を戒めるような言葉が代々語り継がれており、有名な逸話もある。不世出の大横綱双葉山が連勝記録を69で止められた際、親しい知人に「イマダ モッケイタリエズ フタバ」との電報を打った。文中の「木鶏(もっけい)」は、中国の古典に出てくる闘鶏の話に由来。一見、木でつくられたように見えるほど、どんな相手に対しても無心で闘える天下無敵の鶏のことだ。木鶏を志向していた双葉山は初顔合わせの安芸ノ海に不覚を取り、精神的な未熟さを自戒して電報に思いを綴った。

一人横綱として君臨している白鵬も同じような心境をよく口にする。往年のスター、美空ひばりの代表曲「柔」のフレーズを引用して「勝つと思うな、思えば負けよ」。結果を意識しすぎると体が硬くなり、思うような相撲を取れなくなる。勝つことを宿命づけられた立場で勝ちを求めることは、かえって自分の首を絞めるような状態に陥るというのだ。

もちろん、メンタルが大事なのは相撲だけではない。例えば、同じ個人競技で精神面が大きく成績に左右するのがゴルフだ。選手によってはコーチをスイング担当、フィジカル担当、メンタル担当と分けるほど、勝負に臨む気持ちの作り方を重視している。女子の宮里藍らがよく話す言葉として「一打一打に集中する」「結果は考えず、自分のプレーをするだけ」のコメントがある。これも、白鵬と同じような境地だと言える。

▽「120パーセント打てる」のすごみ

こうしてみてくると、メンタル強化に共通するのは、平常心を保ち、心を惑わしかねない要素を排除することに重きを置いているということだ。11月の九州場所で琴奨菊は新大関として地元福岡の場所を迎える。ただでさえプレッシャーのかかる新大関の場所で、さらに違った重圧もあることは想像に難くない。また、大器として期待されている稀勢の里が大関昇進に挑む。これまでの稀勢の里は勝つときは強いが、負けるときはあっけない取り口が目立つ。これをどう克服するのか。日本人力士の活躍で、角界の活性化につながるかどうかのターニングポイントとなりそうな場所。注目の2人の表情を、精神的な状況を推測しながら見ると、相撲を見る面白さが増すことだろう。

と、結ぼうとしたとき、ここまで書いてきた境地とは一線を画す発言を聞いたのを思い出した。テレビのインタビューでかつて、元プロ野球選手がチャンスの場面でどういう心構えでバッターバックスに向かっていたかと問われ、こう答えた。「自分はこのピッチャーを打てる、絶対にヒットを打てると思って打席に入りました。しかも120パーセントの確率でね」。発言の主は、ミスタープロ野球こと長嶋茂雄氏である。

高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビーなどを経て03年からはゴルフを取材。その後、大相撲担当も兼ね10年からキャップに。