現行の「一発失格」は妥当なルールなのか。韓国の大邱で4日まで開かれた陸上の世界選手権は男子100メートル決勝でスーパースター、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)がフライングで即失格となった衝撃の結末をめぐり、新規則は選手に厳しすぎると、見直しも含めた賛否両論が噴出した。

フライングの「一発失格」は2001年から議論が始まり、当初からテレビの放映時間に配慮した改正案が選手の反発を招いた。かつては「2回フライングした選手が失格」となる緩やかな規定だったが、03年から経過措置として「2回目は誰が違反しても失格」とする折衷案を採用。それでも1回目で故意にフライングして同走者を揺さぶる選手が後を絶たず、昨年から「1回で失格」のルールが適用された。

100分の1秒を争う花形の100メートルは、スターターやライバルとの駆け引きも醍醐味の一つだ。もともとスタートに苦手意識があるボルトが今大会、神経過敏になったのは言うまでもない。映像をスローで見直すと隣のレーンで母国の後輩ヨハン・ブレークの膝が先に動いており、それにつられた可能性もある。200メートルで2連覇し、ショックから立ち直った後、ボルトは「ルールを変えるべきだとは思わない。完全に自分の責任であり、今後の教訓にしたい。少し興奮しすぎてしまった」と反省したが、心中は穏やかでなかっただろう。

最近は日本の主要競技会でもスタートは「位置について、用意」から「オン・ユア・マーク、セット」と世界基準の英語に統一された。ピストル音の後、人間の最短反応時間とされる「0・1秒未満」でスターティングブロックに置いた足が測定機器に反応するとフライングになる。今回は陸上が盛んでない韓国開催で「セット」からピストルを鳴らすまでの時間が長すぎたとの意見も出たが、100メートル決勝のスターターは国際経験豊富な英国人。ボルトの反応時間は「マイナス0・104秒」であり、これはピストルが鳴る前に動いた誰の目から見ても明らかなフライングだった。

米国選手からはスターターを機械にしたらどうかとの提案もあった。人間がすることだから、常に同じ間隔でピストルを鳴らすのはもちろん不可能だ。ただ、これもヤマを張る選手を助長する可能性がある。競泳でも国際ルールでピストルが鳴るまでの時間に明確な規定はない。国際陸連のディアク会長は「再考することはない」と現行ルールを維持する考えを強調したが、フライングの「一発失格」が来年のロンドン五輪に向け、選手にもスターターにも過度な重圧になるのは否定できないだろう。公平さを保つはずのルールで選手が窮屈に縛られてしまうとしたら、人類最速を争う醍醐味が薄れてしまう。

田村 崇仁(たむら・たかひと)1973年生まれ。群馬県出身。共同通信運動部で02年W杯まで主にサッカー担当。プロ野球担当を経て、05年から日本オリンピック委員会(JOC)や五輪招致、陸上競技などを担当。