6月8日、フランスのアマチュア・ボクシング史上、最も輝かしい実績を築きあげ、プロ転向後もいまだ無敗の同国バンタム級王者、32歳のジェローム・トマが引退宣言を行った。今年3月、新鋭ヨアン・ボヨーに勝利し、空位の同国王座を獲得したばかりで、判定に不服のボヨ-との再戦を1週間後に控えた、あまりに突然過ぎる引退だった。

しかし、驚き以上に、トマが無敗の国内王者のまま、表舞台から姿を消すのもいたしかたないという、あきらめにも似た予感があったのもこれまた事実。「ポーランド症候群」という疾患により、生まれたときから左半身の胸筋が欠損しており、トマの左手は右手より短く、小さい。短く、指同士が離れていなかった左手を開かせるため、14歳までに実に7回も手術を施さなければいけなかったほどの先天的なハンディに抗い、アマ時代にはフライ級で世界を席巻したトマ。世界選手権では、ベルファスト大会でフランス初の金メダルに輝き、バンコク大会でも銀メダルを獲得(ちなみに、世界選手権における日本のアマの戦績は、全階級を通して、銅メダルが2個。いまだ決勝進出者はでていない)。

シドニー五輪の銅、アテネ五輪での銀も加え、トマが言うところの「僕なりの自分の運命に対する復讐戦」でアマにおいては結果を出し、プロに新たな戦場を見出したのが、2008年11月のこと。当時29歳という年齢は、アマ歴の長さからともかく、ハンディを抱えながらもプロの長いラウンドを戦えるのだろうか?という点が不安視されたのだった。それでも、6回戦、8回戦を無難な相手に勝ち続け、昨年4月に、プロ9戦目で初めて12回戦を経験。判定勝利でWBC地中海スーパーバンタム級王座を獲得し、12月の空位のEU(欧州連合)王座決定戦では、引き分けに終わったものの、スペインの無敗の強豪ホアキン・セスペデスと12回を戦いぬいている。

そして、今年3月の国内王座戴冠へと至るわけなのだが、ここまで11勝1分の戦績に、KO勝ちは1試合とて記録していない。これが限界なのだろうか?いや、プロのスタイルに適合しないことは百も承知での挑戦だったはず。そのとおり、このほど、トマは引退宣言を撤回、運命に対する復讐戦を再開し、返上した国内王座以上のもの、欧州、世界の王座獲得を高らかに宣言した。(草野克己)