8畳ほどの小さな記者会見場の空気が、ピンと張り詰めた。テニス女子のクルム伊達公子(エステティックTBC)が全仏オープンの女子ダブルス2回戦で敗退が決まった5月26日。試合後の記者会見で自身の総括からやや脱線し、若手が伸び悩む日本のテニス界に話題が移った時だ。

「ジュニア時代は強いけどプロになってから足踏みする。アップ(成長)の幅が落ちるのは昔と同じ」「海外の選手はホテルや大会会場のジムでいつもトレーニングをしている。強い選手ほど意識が高い。日本の若手はもっとやれることがある」。世界のトップを肌で知るクルム伊達だからこその意見が続いた。

クルム伊達は、常に日本のテニス界の発展を願ってきた。1990年代の全盛期もそうだったと聞くし、昨年の広州アジア大会の時も躍進著しい中国やインド、カザフスタンなどの台頭に、最も強い危機感を示したのは彼女だった。「日本のテニスはこのままでは世界から取り残されてしまう」。その予感は、会見から1週間余り後の6月4日に李娜(中国)のアジア選手初の四大大会シングルス優勝という形で的中した。

会見場の緊張感がさらに高まったのは、批判の矛先が日本テニス協会の強化策などに向けられた時だ。「他の国はダブルス専門のプレーヤーがいるけど、日本にはいない。G(ゴールド)プロジェクトも何をしているのか、疑問に感じる。ロンドン五輪が近づく中で、シングルスで大きな変化があるわけでもないし、ダブルスも明るい兆しが見えない」と、日本協会の無策ぶりをばっさり切り捨てた。

Gプロジェクトとは筆者の2010年7月28日付のコラムでも取り上げたが、16年リオデジャネイロ五輪の女子ダブルスで金メダルを獲得するという壮大な計画だ。5年後の五輪での金メダルへのステップについて具体的な展望に欠けているのは事実で、毎週世界各地で行われているツアーやその下部大会、選手にとって最高の舞台である四大大会での目標設定や戦略について、あいまいな印象は否めない。ただ、テニスはみなプロ選手で活動は個人単位という事情から、協会と選手の連携に多くの制約や限界があるのも事実だ。日本協会の強化はこの矛盾との闘いという側面が強く、そうした事情も含めた「戦略」が求められている。

協会との溝を深めるのは本意ではないはず。かつて世界ランキング4位まで上り詰めた40歳のクルム伊達が、あえて苦言を呈する背景には、テニスへの深い愛情があるからにほかならない。

吉谷 剛(よしたに・つよし)1975年、北海道出身。テレビ局勤務を経て2002年に共同通信へ。03年12月から07年まで大阪で阪神などを担当し、同年12月に東京に異動。横浜や大リーグ野球担当の後、卓球やテニス、JOCなどを幅広く取材。